長男様の、その上






「留衣!留衣きた!!」


「留衣いらっしゃーい!!」


『どーも。…騒がしいね』




ドタドタと競争でもしてるかのように廊下を走り抜けるのは俺と十四松。玄関までの短い距離、めちゃくちゃ足が速い十四松にもスタートダッシュさえ出遅れなければ負けることはない。今日は俺の反応の方が早かったから俺の勝ち!

玄関で廊下を頭からスライディングするような形で出迎えたら留衣が若干引いていた。でも慣れているので気にしない。
十四松と一緒に留衣の荷物と着ていた上着を持つという専属執事みたいなことをしながら部屋へ招き入れる。




『今日は大したお菓子ないんだけど…安売りしてたから買い込んじゃってさ』


「サンキュー!!」


「うお!なんかいろいろある!」




学校帰りの留衣がお菓子を手土産に遊びに来るのが俺らの日課。毎日というわけではないけど、かなりの頻度で遊びに来る。
数年もこんなことしてりゃ当然のように仲良くなったし、留衣の方が年上だけど敬語なんて必要のない仲。

六人もいるくせに男しかいない兄弟の中に女の子一人、普通なら気まずくなりそうだけどならないのが俺達。
他愛のない話をしながらわいわい過ごしている。




『今日は野球行ってないの?』


「留衣が来るって言うから!」


『カラ松もいるんだね〜』


「フッ……留衣が俺を呼ぶ声が聞こえた…」


『トド松はデートはどうしたの?』


「留衣が来るって聞いたからキャンセルしたの〜」


『気にせず行ってくればいいのに』




部屋の真ん中あたりに座った留衣をすかさず囲む。トド松は早速留衣の腕にくっついてアピールタイム。
相変わらず兄弟全員、留衣のことが大好きだ。留衣はわざとなんだか知らないが素っ気なくかわしてくるけど。留衣の言葉にトド松がぷくっと頬を膨らませる。




「もう!またそういうこと言う!!僕に彼女出来てもいいの!?」


『いいよ〜』


「…妬いてくれないの?」


『妬くけど、トド松が幸せならそれでオッケー』




アハハと笑う留衣は年上の余裕というか、見かけは俺らより年下に見えるくらい可愛いのに中身はちゃんと年上というか。
お姉ちゃんみたいだけどそうじゃない、絶妙な距離感でいつも俺らの傍にいる。あのトド松がこれだけやって落とせないんだから相当手強いよな。


拗ねた様子のトド松を撫でている留衣の視線が、彼から一松に変わったのが見てて分かった。その視線に気付いた一松の表情が微妙に変わる。俺らくらいにしか分からなさそうな、それくらい微妙な変化。
一松に構い始めると留衣はしばらく帰ってこない。このままだと俺が放置される、瞬時にそう判断した。




「なあ留衣、膝枕して!」


『…すでにそれっぽくない?』


「あー!おそ松兄さんずるい!」




隙を見て、正座していた彼女の脚の上に寝転がる。うん、すげーいい弾力。留衣細いのに、なんで女の子ってこんなに柔らかいんだろ。
ちらっと一松を見たらドス黒いオーラを放ちながらこちらを睨んでいた。おー、怖い怖い。


ガラッと引き戸が開く音がしたと思ったら、留衣が持ってきてくれたお菓子を皿に移したチョロ松が立っていた。




「おそ松兄さん何やってんの…?」


「ひざまくら!」


「はあ…。ごめんね留衣ちゃん、邪魔だったら蹴飛ばしていいよそいつ。
そうだ、にゃーちゃんの新曲CD買ったんだけど聴いてかない?」


『聴く!』




長男様に向かってそんな言い方はないんじゃないだろうか。ああ、羨ましいだけか。羨ましいだろ。

留衣が動けないと判断したのかチョロ松が自分の音楽プレーヤーを持ってきてイヤホンの片方を留衣に渡す。いわゆる“イヤホン半分こ”ってやつを目の前でやりだしてちょっとイラッときた。なにその恋人同士でやるやつ。むかつく。
留衣も俺がここにいるのに上機嫌でレイカの曲聴きやがって。留衣、可愛い女の子好きだからドルオタのチョロ松の話にも余裕で乗っかれちゃうんだよな。困る。




『おそ松、お菓子いる?』


「…!」




むすっとしていたら留衣がそれに気付いたらしい。手を伸ばしてポテチを一枚つまむと俺の前に差し出してきた。
機嫌の取り方分かってんなあ、とか思いつつも口を開けて待つ。




『喉に詰まらないようにね』


「らいじょーぶ!」




こちらを覗き込んだ留衣が“あーん”してくれる。最高。ポテチってこんなに美味かったっけ。
むしゃむしゃしてたら留衣も視線の先でお菓子を食べ始めた。


いつからだっけ、留衣のこと独占したいと思うようになったのは。もう随分前のことな気がする。
もともと可愛い女の子には目がないから留衣に惚れるのに時間はかからなかったけど、時を重ねるごとに好きになっていくのが自分でも分かった。
こんなに近くにいるのに、留衣は俺の物ってわけじゃない。留衣は最初からずっと「近所の仲の良いお姉さん」というポジションを保って崩さない。崩したいけど留衣がそれを許してくれない。彼女は常に俺達の上を行くから。


ポテチがなくなったのか、次に持ってこられたのはチョコレートでコーティングされたクッキーだった。




『ん』




ポテチと同じように運んできて、同じように食べる。塩辛さが残る口の中に今度はチョコの甘さが広がった。
それよりも俺が気を向けたのは、体温で溶けて留衣の指にくっついたチョコ。

留衣を振り向かせたいとか、ドキッとさせたいとか。
そういうのは、今までにいくらでも考えてきた。




『……!?』




留衣の手を掴んでこちらに引き寄せて、その指についたチョコを舐めとる。
人差し指、中指、親指。

さすがの留衣も予想外だったようで、驚いた顔でこちらを振り返った。それは他の兄弟も同じ。
――どうよ、少しは俺のこと意識してくれた?




「…!!」




数秒の沈黙の後、ゆるりと俺の手を解いた留衣はさっき俺が舐めた指を一本ずつその口に含む。
わざとなのかそうじゃないのか、ちゅ、ちゅっとリップ音を響かせて自身の指を舐める留衣。




『お菓子ならまだあるから、わたしの指まで食べないでよ』




ケラケラ笑った留衣はいつもと何ら変わらなくて。
熱くなっていく頬を隠すように留衣に抱きつく。


――くそ、やっぱり敵わねぇじゃん。






長男様の、その上


(ちょっとおそ松、足が痺れるから寝るのはやめてよ)
(もーやだ…俺ふて寝する……)
(ちょっと〜…)
(あれ目の前でやられたら僕やばいなー。心臓持たなそう)
(おそ松兄さん丸め込むのは留衣ちゃんくらいだよね)




END.






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