シュガーレスロマンス


 



「(あ〜幸せだなぁ…)」




イベント帰り、幸せな思い出をいっぱい胸に抱えている至福の時間。
限定のグッズも手に入ったし、間近でにゃーちゃんを見ることができたし、とても満足だ。

その上今日は留衣ちゃんも一緒に来てくれて、こんなに幸せで良いのだろうかと疑ってしまう。
近いうちに車に轢かれて死ぬんじゃないかってくらい幸せだ。一日中顔がゆるみっぱなしで仕方ない。


帰りがけに一日付き合わせてしまい疲れているであろう留衣ちゃんを連れてカフェに入る。
案の定「奢るよ」と言い出した彼女を端っこの席に座らせてカウンターの列に並んだ。ここはやっぱり、僕が奢らないと。




「(ドルオタとしてはかなり微妙な気がするけど…でもやっぱアイドルと彼女は違うし、うん)」




列に並びながらそんなことをぼんやりと考える。ここ最近、このことについて考えていた。


僕は昔からアイドルが好きだった。初めてライブに行った時から何年もずっと夢中だ。
可愛い子が目の前で歌って踊っているのを生で見れるのだ、男なら誰だって喜ぶと思う。
モテるわけでもないし、何より追いかけるのが楽しかったし、現実の恋なんてそっちのけでどっぷりハマっていた。

変化があったのは数年前、留衣ちゃんが近所に引っ越してきたとき。
こんなに仲良くなるとは思ってなかったから、何も気にせずにオタクを続けていた。


仲良くなって一緒にいるうちに、あ、この人のこと好きだな、なんて考え始めて。
可愛くて優しくて趣味に理解があるのだ、好きになってしまうのは仕方ない。仕方ないにしても、今までアイドルに一途だった自分からするとどうしても浮気みたいに思えてきてしまう。




「(世の中オタクのリア充くらいいくらでもいるし……浮気じゃない、別枠。大丈夫大丈夫)」




結論からするとアイドルと彼女は違うものだから問題ないということになった。
にゃーちゃんのことは好きだけど、アイドルは手の届かないものだし、言うならば空想世界の神聖な生き物みたいな存在だし。で、留衣ちゃんは現実世界にいる女神。どっちに対する気持ちも嘘じゃない、問題ない。


最終的には留衣ちゃんが彼女になったわけでもないのにこんなことを考えてる自分がバカバカしくなって思考を打ち切る。




「(男女二人で出かけるのって普通はデートなんだけどなぁ…やってることはデートとほとんど変わらないのになぁ…。
メインがアイドルイベントってのがダメなんだろうなぁ…かと言って本格的なデート計画するのも違う気がする……)」




留衣ちゃんは可愛い女の子が好きらしくて、こういうイベントだからこそ付き合ってくれるんだろうと思うとどうも他の事で呼び出す勇気が出ない。
お茶くらいにならたまに誘って向こうも乗ってくれるけど、デートっぽいデートに誘ったところで留衣ちゃんが喜んでくれるとは全く思えない。僕可愛い女の子じゃないし。
そのせいでイベント以外で誘うことがなくて、余計に別件で誘いづらくなるという悪循環。

二人きりでカフェに来たけど、今日も何もなく終わるんだろう。
注文の品をトレーに乗せて体を反転させた瞬間、留衣ちゃんの座っている席に見知らぬ影が見えた。




「(え!?男!?留衣ちゃん絡まれてる!?)」




考え事をしてたせいか全く気付けなかった。慌てて席へと向かう。
見るからにチャラそうな男が二人、おそらくナンパだろう。留衣ちゃん困ってる。僕が助けなきゃ。




「あ、あの!その子僕の…」


「あれ、ほんとにこいつだったんだ」


「何でこんな冴えない男と一緒にいんの?」


「…!」




年は似たようなものだろうが僕より背が高い男二人組が留衣ちゃんを隠す。
恐怖は感じなかったが、こんな小さなカフェで問題は起こしたくない。特に留衣ちゃんの前では。
どうやって追い払うか考える。彼氏を装っても通じなさそうだ。
そうだよね、僕なんかじゃ留衣ちゃんの可愛さには釣り合わないから。

片方が留衣ちゃんの方を振り返った直後、男の背後から聞き慣れた声が聞こえた。




『あの、分かったならどいてもらえませんか。わたしこの人とここに来たので』


「どうしてこんなオタクみたいな奴といんの?絶対俺らの方が良いって!」


「ぶっちゃけこいつより俺らの方がいいと思わない?ぶっちゃけ」


「………」




二人共後ろを振り返ったので僕からは男の背中しか見えない。留衣ちゃんが困ってるのに良い言葉が見つからない自分に腹が立った。

この際力づくでどかしてやろうかと思った、その時。




『いい加減にしてください。彼氏の悪口言ってくる時点でわたしからしたら論外です。
あんまり騒ぐなら店員さんに言ってきます』


「…チッ」


「!」




あまり聞くことのない留衣ちゃんの怒り口調に男達は諦めたようで、すごすごと店の外へと出て行った。
不機嫌そうな留衣ちゃんの元へとトレーを持って移動する。




『ごめんチョロ松。チョロ松が帰ってくる前に何とかする予定だったんだけど』


「ううん、僕こそごめんね…気付いてあげられなかったし何もできなかった……」




留衣ちゃんの分を彼女の前に置く。僕と目を合わせる頃にはもう怒っていなかった。
ただ、申し訳なさそうに眉を下げて笑っていた。謝るのは僕の方なのに。




「……」


『どした?』


「…、ううん」




買ってきたカフェオレのストローに口を付ける。様子がおかしいと思ったのか、留衣ちゃんは首を傾げてこちらを見た。

不謹慎ながら、さっきの留衣ちゃんの言葉が今になってじわじわ脳に染み込んでいた。




「(彼氏…って、言われた……)」




邪魔な男をどけるための言葉だと分かってはいても、どうしても意識してしまう。
あの留衣ちゃんが、僕のことを“彼氏”だと言った。




『チョロ松はかっこいいよ』


「…えっ」


『だからそんな顔しないで〜』




にこにこと笑う留衣ちゃんは多分、さっきの男が言っていた悪口で僕が凹んでるんだと思ってるんだろう。
そんなんじゃないし今の僕には完全に追い討ちをかけてるんだけど、この人は気付かないんだろうなあ。




「(やっぱり好き、だ)」




冷たいカフェオレにしといて良かった、なんて熱くなっていく自分の顔にそう感じた。






シュガーレスロマンス


(君の吐く言葉は無自覚にどうしようもなく甘い)




END.






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