あの日から君を見る目が変わった


 



「留衣も一緒に野球やろー!!」




留衣はいつも僕と一緒に遊んでくれる。


家でごろごろしたり、撫でてくれたり、オセロやったり、野球盤したり。
他の兄弟はめんどくさいからと言ってほとんど来てくれないけど、留衣は外に遊びに行くときも一緒に着いてきてくれる。

僕が素振りをしたり川で泳いでたりするのを留衣は近くで眺めている。
そう、眺めているだけ。眺めているだけで留衣本人は特に何もしない。

さすがにそれじゃ留衣は楽しくないだろうなと思って、今日は“一緒に”遊ぼうと思った。




『野球?』


「そう!!試合はできないからキャッチボール!!僕のグローブ貸してあげるから!!」


『キャッチボールか…』




ボールを回収する人がいないからバッティングはできないし、もちろん試合もできない。
キャッチボールなら二人でできるからと留衣を誘った。




『多分わたしボール捕れないよ?』


「超ゆっくり投げる!!」


『それでも捕れるかなあ…』




「そういうことしたことないから」と少し心配そうな彼女にグローブを取り出して渡す。捕れなかったらごめんねと留衣は眉を下げて笑った。

そんなに遠くないところから下投げで出来る限りゆっくり、山なりのボールを投げる。
留衣の手には大きすぎたらしいグローブを彼女は両手で支えていた。
怖かったのか、顔を隠すようにして構えられたそのグローブの中にぽすりとボールが収まる。




「捕れるじゃん!!」


『十四松のコントロールが良いんじゃないかな…』


「ね!投げ返して!」




ボールを捕れたことで少しだけ嬉しそうにした留衣から、ギクシャクした投げ方で右に逸れる形で白球が返ってくる。グローブがないから僕はそれを素手で捕りに行く。
たまにカラ松兄さんとやるキャッチボールとはちょっと違ったけど、留衣と出来たっていうそれだけで楽しい。

そしてもうひとつ。




「(こんな留衣、初めて見たかも)」




僕よりも年上の留衣。大人っぽい留衣。
慣れないことをしているせいか慌てたりオロオロしたりして今はその“大人っぽさ”があまりない。余裕たっぷりでかっこいい留衣しか見てなかったから、それがとても新鮮だった。

ぶかぶかの僕のグローブ。見慣れない留衣の必死な表情。




「(スッゲー、かわいい)」




表には出さなかったけど、キャッチボールをしながらずっとそんなことを考えていた。




――




あれからどれくらい遊んでたのかわからないけど、気付いたら空が夕焼けに変わっていた。
繰り返すうちに留衣はだんだん上手くなって、笑う回数も増えた。それを見て僕も一緒に笑った。

今日はなんて楽しい日なんだろう。




「あ!留衣見て!猫!!」


『!? きゃっ』


「!!!」




道を横切った猫を留衣に見てもらいたくて、留衣の方を大して見もせずに彼女の手を引っ張った。
僕としてはそんなに力いっぱい引っ張ったつもりはなかった。けど、留衣の体は宙に浮いた。




「留衣!!」




バランスを崩した留衣の下側へ慌てて滑り込む。数秒もしないうちに僕達はコンクリートの上に転がった。
間一髪、完全に着地する前に留衣を抱きとめることができた。




『十四松!ごめん大丈夫…!?』


「僕はへーき!留衣………っあ、」




顔を上げたら目の前に留衣の顔があった。
それがあまりにも至近距離でびっくりする。同時に、留衣を抱きしめた感覚がびりびりと神経を巡っていく。

普段あれだけ抱きついてるのに、留衣がこんなにも小さいなんて知らなかった。
こんなにすぐに腕の中に収まっちゃうなんて、全然知らなかった。
留衣の睫毛が長くて綺麗とか、髪の毛が柔らかいとか、あれだけ一緒にいたのに僕は全然知らなかった。


でもその数秒後に視界に入った留衣の足を見てサッと血の気が引いていく。




「留衣、怪我…」


『…え?ああ大丈夫だよこれくらい、十四松こそ』


「全然大丈夫じゃない!!!」


『え!?……わ!』




抱きとめたけどカバーしきれなかったみたいで、留衣の足首あたりに擦り剥けたような傷ができていることに気付いた。ズボンの裾から見える白い肌にじわりと血が滲んでいる。

気が動転した僕はとにかく早く手当てをしなきゃいけないことしか考えられなくて、何かを言いたそうにしていた留衣を横抱きにして一目散に家へと走った。




「母さん!!留衣が怪我した!!手当てして!!!」




壊れるくらいの勢いで開けたドアの音に驚いたのか、兄弟が何事だと言いながら階段を下りてくる。
母さんも駆け足で部屋から出てきた。

これくらい何ともないです、と留衣が僕に抱えられたまま首を振る。でも傷が悪化したら大変だからと説得して、応急処置として消毒をした後に絆創膏を貼ってもらった。




『十四松?どうしたのさっきから…これくらい全然平気だよ』


「………」




治療が終わっても留衣の傍から離れる気にならなかった。
ひたすら留衣を抱きしめて、留衣は僕の頭を困ったように撫でて。むしろ慰められているのは僕の方になっている。




「(留衣は、女の子だ)」




当たり前のその事実を再確認した気がした。


留衣は僕らのお姉さんみたいな存在だから、僕から見たら“かっこいい”人だから。
頼ったら応えてくれる。困ったら助けてくれる。僕のわがままを聞いてくれたり、欲しい物を買ってくれたりする。留衣は素敵でかっこいい。
だからだろうか。なんでだろう、今まで留衣のことを本当の姉みたいに思っていて、一人の女の子である認識をしていなかった。


留衣は年上だけど。かっこいいけど。憧れだけど。
あんまり運動は得意じゃなさそうで、僕が使ってるグローブを両手で一生懸命持って、投げ返された球は緩くてふわふわしてて。
ちょっと引っ張っただけのつもりが留衣には体が浮いちゃうくらい強すぎて。
抱きしめたらあんなにも細くて、小さくて、力を入れすぎたら折れちゃうんじゃないかって思った。




「留衣、怪我させてごめんね」


『十四松が守ってくれなかったらもっと酷かったよ』


「ううん…もう怪我させない。留衣の全部、俺が守るから」




ぎゅっと留衣を抱きしめる。痛くないように、力を緩めて。

留衣は「ありがとう」っていつもみたいに笑ったけど、もう今までのそれと同じように聞こえることはなかった。






あの日から君を見る目が変わった


(君はそれに気付いてはいないだろうけど)





END.






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