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『差し支えなさそうなとこ選ぶから』




留衣が服の袖をまくって俺の手を取る。薄く塗られたチョコが留衣の体温で溶けてくっついた。

留衣とはもちろん“そういう”関係じゃない。留衣がそれを嫌がるのは俺も知っているからそういう関係になろうとは思わない。
だから俺を「食べる」っていうのは率直にそのままの意味であって、決して変な意味ではない。差し支えなさそうなところとして選んだらしい俺の腕に留衣がかぶりつく。




「ん、……っ」


『…ミルクチョコ?』


「うん、留衣が好きだから、…」




留衣が舐めた部分だけチョコが剥がれて肌が見えた。別に変なところを舐めているわけではないのに、留衣が舐めてるっていうそれだけでどうも無駄に反応してしまってよろしくない。せっかく、留衣が俺のわがまま聞いてくれてるのに。
なんとなく腕を舐め終わった留衣が、今度は立ち上がって後ろ側に回った。




「ひっ…!」


『あ、背中まずい?ごめん』


「い、いや、だいじょぶ、」




わざとだと思う。留衣の声に甘ったるさなんてまるで感じなくて、変な反応をしてるのは決まって俺だけだった。雰囲気をわざと作らないようにしてるんだ、俺のために。それなのに自分は。

そのまま続けてくれと言ったら留衣は無言で俺の背中に舌を這わせる。姿が見えない分、次にどうくるかがわかりづらくて困った。生温い舌の感触にひたすら耐える。
数分後、留衣が「ごちそうさま」と再び俺の前に顔を覗かせた。




「ふふ、留衣、鼻にチョコついてる」


『…ああ』




留衣が鼻にチョコをつけていたから指で拭った。留衣は「じゃあ流すから目瞑って」とシャワーを手に取る。
落ちてきた湯の水滴を感じながら目を瞑った。チョコでガチガチに固まった俺の髪の毛に指を通す留衣。
細い指が顔周りを丁寧に洗ってくれて、同時にお湯で冷えた体も温まった。生き返る気分だ。

粗方終わったかなと思った時に目を開けたら、とんでもないものが視界に入ってしまった。




「(げっ)」




悲しきかな男のサガ。意識してないつもりだったけどそんなのは無理だったらしい。
身につけているのはパンツだけ、それも濡れたせいで肌に張り付いていく一方だ。留衣は後ろに回り込んでいるから見えない角度だとは思うけどこのままだとまずい。少なくとも、次前に回って来られたらまずい。

そんな事を考えながらどうしようかと一人でわたわたしていたら留衣がシャワーを差し出してきた。




『髪の毛と背中側終わったよ。あとは自分でやって。
わたしカラ松の服取りに家行ってくるから、その間お風呂入ってて』


「あ、ああ…!わかった……」


『すぐ戻るから上がってるってことはないと思うけど、タオル準備してないからね。服取ってきたらその時に一緒に準備するからお風呂で待ってて。
それじゃ、鍵閉めてくから。ごゆっくり』




やっぱり淡々と告げた留衣はそのまま風呂場を出て行った。取り残された俺はほっと一息。
突っぱねるように見せかけて世話を焼くべき範囲を的確に把握しさらにその後のことまで気を回すとは、本当にどこまでもよく出来るスーパーダーリンである。惚れるのも仕方ない。

それはいいとして、さてどうするか。




「(留衣…ごめんなさい、許してくれ)」




このまま放置もできないだろう。留衣には心の中で土下座した。俺も男だ。本当に申し訳ない。




――




「留衣、俺の愛は伝わったか?」


『わかったから来年以降は変なことしないでね』




「途中で人に出くわしてたら確実に通報されてるよ」と、ストーブにあたる俺に留衣は再びの呆れ顔。
パンツが乾くまではズボンも穿けないので下半身はタオルを巻いたまま。早く乾くといいけど。

脚を出していた俺を心配したのか、留衣が掛け布団を持ってきて俺に掛けてくれる。
体を覆うように巻いたらとても温かかった。隣に座った留衣に寄りかかったら、乾かしたばかりの髪を留衣が撫でてくれた。




「留衣には“好き”だけじゃ足りないんだ」


『…わかったよ』


「大好きでも、愛してるでも足りないんだ。どうやったら伝えられるだろうか」


『さあね』


「…留衣、伝わってる?」


『伝わってるよ。大丈夫』




布団の裾から手だけ出して留衣の腕に絡める。留衣はやっぱり俺の頭を撫でた。彼女の愛情表現のうちの一つ。

いくら好きだと言おうが、自分がチョコになって食べられようが、“好き”な気持ちを伝えきれている気は全くしない。
俺の不安な気持ちを汲み取ったのか、留衣は笑ってくれた。




『わかってるつもりだから、何かするんならもう少し自分の身を案じなさい』


「…うん」


『ちゃんとあったまった?大丈夫?』


「ああ、大丈夫だ。留衣があっためてくれたから」




留衣の肩に頭を乗せるついでに、留衣のほっぺたに自分のをくっつける。
「くすぐったい」なんて言いながら留衣は俺を抱き寄せた。



ああ、

また今日も、好きな気持ちが募っていく。






伝えきれない


(こんなにも溢れてるのに)





END.




――――

カラ松が風呂場でナニしてたかは想像におまかせします(ほぼ言ってる)







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