これ以上ない曖昧な関係






『なんだ、おそ松しかいないの?』


「何その残念そうな第一声?さすがの俺でも傷つくよ?」




出先で美味しそうなお菓子を売っていたから、人数分購入してお土産として松野家に持って行ったら家にいたのは六つ子の中の一人だけだった。

部屋に入った瞬間、床に転がっていたおそ松がぱあっと顔を明るくした直後私の発言でがっかりする。完全に無意識な発言だった、申し訳ない。

他のみんなの居場所を聞いたが知らないらしい。気付いたらトド松がいなくなっていて、それに続きカラ松、チョロ松、十四松、最後に残った一松もフラフラどこかへ行ったとか。そりゃ構ってちゃんのおそ松と一緒にいたら疲れるもんね、自分だけ残るくらいなら出かけるよね。




「またお土産持ってきてくれたの?留衣やさしーい!大好き!」


『くっつくな』


「今俺らしかいないから二人で全部食べちゃおうぜ?」


『食べないし食べさせないから。これはみんなに買ってきたの』


「ちぇー」




おそ松の分だけでもとりあえず用意するかと箱を開封していたらおそ松が背中側から抱きついてきた。とても邪魔である。
出てきたマドレーヌを彼に渡すと、「サンキュー」と言って受け取ったが離れようとはしなかった。




『…?』


「思ったけど今二人きりじゃね?なかなかないよこれは。
留衣、俺と今からイイコト……」


『お邪魔しました〜』


「あああ待って待って嘘嘘!!冗談!!ごめんなさい!!」




耳元でよくわからないことを言い出したのでさっさと立ち上がって退散しようとする。片足にしがみつかれたので途中からズルズルとおそ松を引きずった。ちょっと何かあるとすぐこれだから精神年齢小学六年生は困る。

泣いて謝るおそ松に溜め息を吐きながら部屋へ戻ると、泣き止んだ彼がにこにこして私の隣に座り直した。そういう笑顔だけは可愛いのにね。




「でも俺留衣と二人なんて滅多にないからほんと嬉しい!」


『確かにね。そもそも家におそ松だけ残ってるのが珍しいよ』


「みんな兄ちゃん置いてどっか行っちゃったんだよ〜。けどそのおかげで留衣と二人きり!
今日は留衣にたくさん構ってもらお!」


『…どうぞ』


「へへっ」




マドレーヌの外袋をそのままに、おそ松が今度は正面から抱きついてくる。

六つ子の長男。親に甘える年齢などとうに過ぎたから、甘える相手がいないことは知っている。
他の兄弟の前ではちゃんとお兄ちゃんやってるし、ベタベタはしてきても甘えてくることはない。


たまに、こうして二人になった時には甘えてくることがある。他に誰かいたら冷たくあしらってるところだけど今日は誰もいない。普段冷たくするのはおそ松ばっかりに構えないからであって、今はその必要がない。




「ねえ留衣、ほんとに俺のものにならない?」


『…ならない』


「んー……」




そしてこうなると決まって口説いてくる。決まって私はそれを断る。断られるのを分かっていて聞いてくるのだろうし、繰り返す理由を追求する気もない。
一応二十歳過ぎた男女が抱き合ってるんだから雰囲気からくるものだと思う。私には流す以外の選択肢はないし、彼もそれは分かっている。


肩口に埋められた頭をぽんぽんと撫でる。私がこの人のストレスの捌け口になれるのならそれで良い。




「この前さぁ、街でトド松が女の子連れて歩いてたから挨拶したのに、無視されたの」


『うん』


「カラ松には殴られたし。あいつ力加減分かってないからすっげぇ痛かった…」


『まだ痛いの?』


「…ちょっと痛い」


『そう』




本当はもう治ってるんだろうなあ、なんて思いながら頭を撫でる。気付いたらこの人の甘えたいタイミングとか、わざとつく嘘とか、そういうものが見抜けるようになっていた。付き合いがそれなりなのだろう。そりゃ、毎日のように会って遊んでればね。




「なあ留衣、昼寝しよ」


『昼寝?…おそ松と?』


「うん。なんか眠くなってきたし。心配すんなって、何もしないから!」


『……』


「ほんとにしないから!!なっ?
一回手ェ出してこの先留衣と絶交するくらいならさすがの俺も思いとどまれるよ?なっ?…ダメ?」




“お願い”のポーズをするおそ松。昼寝って、一緒に寝ようってことだろうか。
十四松なら考えるけどおそ松はな、この手のお誘いは兄弟の中で一番ダメな気がするからな。

「やっぱり厳しい?」と珍しく悲しそうにする彼に、また私は溜め息を吐いた。




『一時間だけね。万が一何かあったら蹴飛ばすから』


「んんっ留衣大好き!布団持ってくる!」




ぴょんっと跳ねて昼寝の準備をするおそ松。私も甘いものだ、私が弱いのを分かっててやってるのを知ってるくせに。

てきぱき準備をした彼はすぐさま布団に潜って、「おいで」とこちらに手招きする。大丈夫だとは思うが、本当に大丈夫だろうか。




「留衣ちゃーん体強ばってるよー。ほんとに俺何もしないからね、あっでもぎゅーはする」


『もうしてんじゃん』


「俺ね、寝て起きたら隣に留衣がいるっていうの、一回でいいからやってみたくて」


『…さいですか』


「起きて最初に見るのが好きな子だよ?幸せじゃん?…あ、留衣は違うよな。ごめん」


『………』




年下だけど体つきはガッツリ大人の男の人だから、抱き寄せられれば収まるしかない。ただえさえ私チビだし。
おそ松相手でも年齢重ねちゃったからそれなりに緊張するんだと彼に言われてから気付く。

最後の言葉、次に何を言って欲しいのかは分かっているつもりだ。誘導が上手いというか、私がこういう人間だってバレてるというか。
それでも彼は不安らしく。私がどういう人間か把握した上で自分から言ったくせに、彼の手が震えてるのが分かる。心臓がうるさいのが分かる。

なんだこの人も私相手に緊張してるんだと、そう思った。




『……わたしもおそ松のこと、好きだよ』


「、っ」


『オヤスミ』




化粧が服につかないようにとわざと隙間を空けていたその先で、おそ松が真っ赤な顔をしてぎゅっと口をつぐんだのが分かった。






これ以上ない曖昧な関係


(ギャアアアアア!!!!!!!)
(んあ…?何だようるせーな…トド松かよ……)
(ななななんで留衣がおそ松兄さんと寝てるの!!?)
(ん?そりゃーお前一線を超えたから…)
(誤解を生む発言はやめてもらえます?)
(ありゃ、留衣さん起きてました?)





END.





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