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「(留衣の家、…)」




夕暮れ時、アテもなく道を歩く。


チビ太に身代金目当てで誘拐され、兄弟は助けに来なかった挙句、家の前に磔にされた自分にバットやら石臼やらをぶつけてさっさと寝てしまった。簡単に言えば見捨てられたのだ。

病院で一夜を明かした今日、先ほど公園で五人の姿を見かけた。一松の可愛がっていた猫が逃げ出したのを探してあげているようだった。
無事見つかったらしく、猫を嬉しそうに抱えている一松を見て、良かったなとは思ったが自分の状況は変わらなかった。

今夜、どうしよう。というより、これからどうしよう。
左腕と頭を負傷して、足もひねったから松葉杖。気まずくて家に帰れず、もちろん金なんてなく、今日は朝から何も食べていない。流石にお腹がすいた。


ふらふらして、たどり着いたのが留衣の家。




「(迷惑……だよな)」




見慣れたその家を見上げる。明かりは点いているから家には居るのだろう。
インターホンに指をかけて、躊躇って。数分考えたが、やはりここが最後の頼みの綱だった。聞くだけ聞いて、ダメだったら申し訳ないがまたチビ太のところにでも行こう。そう決めてボタンを押し込む。


ピンポーン……




《はい、えーっと……?》


「カラ松です」


《…え?えっ?カラ松!?ちょ、ちょっと待ってて!》




彼女の家のインターホンは、家の中のモニターで誰が来たか確認できるタイプ。包帯でぐるぐるだったせいで俺だとは分からなかったらしい。それもそうだろう、驚いて当然だと思う。

30秒もしないうちに、勢いよくドアが開いた。




『カラ松!?どうしたの!!?』


「えっと…」


『と、とりあえず家入って。歩ける?』




「ゆっくりでいいから」と留衣が俺に合わせて歩く。
家に入って、座らされて、お茶を出された。




『楽な姿勢でいいからね。で、一体何があったの?』




俺の隣に座る留衣。酷く心配そうな眼差しと口調に泣きそうになりながらも、昨日あった事を話す。
終わる頃には留衣は頭を抱えていた。




『あいつら…限度ってもんがわかってないの?カラ松も優し過ぎるんだよ、もっと怒っちゃっていいのに。
それでウチに来たのね』


「…うん。もう留衣くらいしか……」




アテがなくて、と言おうとしたらぎゅるるるると豪快にお腹が鳴った。お腹すいた?と覗き込んでくる留衣。




「今日、何も食べてなくて」


『は!?そういうのはもっと早く言いなさい!
待って、うどんくらいしかないけどいい?』


「…うん…ありがと……」


『それとも何か他に食べたいものある?買ってくるよ』


「………梨、…無かったら別にいいんだけど」


『あるよ。じゃあ梨剥こうね』




ドタドタと準備をし始める留衣を眺める。あ、また腹が鳴った。
留衣がかけてくれたブランケットを握り締めつつ、留衣が戻ってくるのを待つ。

しばらくすると自分の前の机に皿やら箸やらが並べられて、鍋に入ったうどんと切り分けられた梨が置かれた。




『うどん出来たばっかだから熱いかも。取り皿に分けておくね。
二人分作ったから余ったらわたしが食べるよ』


「うん」


『冷めるまで梨食べてる?右手は使えるのかな?わたし、自分の箸持ってくるね』


「うん、大丈夫。ありがとう…」




幸い利き手は普通に使えるから、ものを食べるのには問題ない。

フォークで梨を刺してかじる。腹が減っていたせいかもしれないが、特別美味しく感じた。と同時に、昨日のことを思い出す。


兄弟に見捨てられた。酷い目に遭った。
どこに行けばいいのかわからなかった。留衣が迎え入れてくれた。




「ぅ、え…っ」




悲しくて、嬉しくて、いろんな気持ちが混ざって涙になって溢れ出る。
一回出たらもう止まらなくなって、半分だけかじった梨を皿に戻して右手で必死に涙を拭った。




『カラ松!?』




ボタボタ机とカーペットに雫が落ちていく。服にもどんどんシミが増える。

泣いている俺に気付いた留衣が慌てて隣に座った。




『大丈夫!?どっか痛い!?』


「う、留衣、」


『何!?どうしたの、カラ松、大丈夫?痛い?大丈夫?』


「ちが、う」




泣けば泣くほど留衣はオロオロして、でもその分俺は泣いてしまって、完全に悪循環だった。

留衣の優しさが嬉しかった。俺を心配して慌てる留衣の優しさが、とても嬉しかった。


何かを取りに行こうとしたのだろうか、立ち上がろうとした留衣の服の裾を掴む。俺は何も言わなかったけど、留衣は察してくれたみたいで、座り直して俺の背中をさすってくれた。




『大丈夫?』


「ん……」


『……、ん』




怪我をしていない右手で留衣を引き寄せると、留衣は大人しく俺に従った。肩口に顔を埋めれば、また背中をさすってくれる。
そのまま、しばらく泣き続けた。







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