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――




「…ごめん」




一通り泣いて、ようやく落ち着く。留衣はずっと傍にいてくれた。
俺を元気づけようとしたのか、おどけたような口調で「カラ松ならいつでも大歓迎だよ」なんて笑う。




『うどんそろそろいいかなー。食べる?』




「その前にティッシュか」と部屋にあったティッシュ箱を持ってきてくれる留衣。さっき取りに行こうとしていたのはこれだったのかと、その姿になんとなくそう思う。

片手でうどんを食べ始める横で、留衣もぼちぼち手を付ける。
時々目が合って、その度ににこにこする留衣から思わず目を逸らした。




『今日は泊まってく?』


「えっ」


『帰れるんならそれがいいけど。どっちでもいいよ』




食器を片付けながら留衣が言う。成人済みの男女二人、付き合ってるわけでもないのに泊まるなんて、とは思うが別に留衣は気にしないんだろうな。




「留衣が良いなら……泊まりたい」


『どうぞー。着替えとかなくてごめんねぇ』




どうせ怪我してるから風呂には入れないし、出かけるわけでもないし、多分すぐ帰るし、服は大丈夫。…すぐ帰れるんだろうか。
「お風呂入ってきまーす」と部屋を去った留衣を見て急にドキドキしてきた。




「……、(お泊り……)」




意識してからは早かった。見慣れた家なのにキョロキョロ辺りを見渡したり、足元が落ち着かなくてゴソゴソしたり。
あれ、そういえば寝るのはどうするんだろうか。――テレビでも見れば気が紛れる?

そんなこんなしてたら、留衣がひょこっと現れる。




『ただいま〜。…どした?』


「いや、…ッ」




パジャマに着替えて、髪の毛は濡れたままタオルをかぶってて、化粧もしてなくて。
完全にオフモードな留衣。俺がドキドキしない方がおかしい。




『今日は疲れたでしょ。早めに寝ようね〜』


「お、俺はどこで寝れば良い?」


『わたしのベッド使ってー。わたしは適当にそのへんで寝る〜』


「えっ」




至極当然といったような留衣に反論する。俺が勝手に押しかけたんだから俺が床で寝ると。
でも留衣は怪我人にそんなこと出来ないなあ、とあくまでも冷静に正論で返してくる。




『二人で寝るには狭いし、わたしめっちゃ寝相悪いよ。それでもいいなら頑張って二人で寝る?』


「えっ」


『じゃなきゃわたしが床で寝ます!オーケー?』


「ええっ…!」




全然オーケーじゃない、と返しても留衣はいつもみたいに笑うだけ。俺の言い分を聞いてもらえそうにはなかった。
髪を乾かし始めた留衣からシャンプーの香りがする。

一人用のベッドで女の子と、よりによって好きな子と寝るなんて問題がありすぎる。
でも多分留衣には“一緒に寝る”か“私が床で寝る”しか選択肢がないのだろう。女の子を床に寝かせて自分だけベッドなんて有り得ない。

いっそのこと俺だけオールでもしようかなんて考えたけど、そんなこと言ったら留衣は自分もするとか言い出しそうで。




「じゃあその、俺は今日は寝ないから…」


『だめでーす。疲れてるんだから寝なさい』


「じゃあ壁に寄りかかって……」


『体もっと痛くなるよ?』


「……っ、だって留衣、俺と一緒に寝るなんて…」


『兄弟にバレたら殺される?もちろんそれは阻止してあげるよ』


「そうじゃなくて…」


『んー…そんなに嫌?まあそうだよね、なんかごめんね』


「違う、嫌じゃなくて、」




苦笑いした留衣はおそらく勘違いをしている。俺は留衣のベッドを使うのも、一緒に寝るのも、決して嫌なわけではない。むしろ感謝しかない。

そうじゃない。そうじゃないんだ。




「……だめ、だ」




留衣はそう思ってないかもしれないけど、意識してないかもしれないけど、
俺は留衣のこと好きだから、だからこそ留衣にマイナスになる可能性が出るようなことはしたくない。

上手い言葉が見つからなくて考えていたら、留衣がふっと笑った。




『…わーかってるって。これでも二十歳超えてるし。
でもほんとにカラ松のことはちゃんとベッドに寝かせないと気が済まないんだよ。こんなボロボロのカラ松、床になんて寝かせられない。
困らせてごめんね』


「っ……」




眉をハの字にして笑う留衣。困らせてるのはどっちだと、唇を噛み締めた。




「……一緒に寝よう。俺も留衣を床には寝かせられない」




現時点でこれ以上の案が見つからない。どっちかが妥協しないと、いつまで経っても寝られない。
留衣はただ「ありがとう」とだけ言って、寝る支度を始める。そこからはベッドへ向かうまで、お互い何も喋らなかった。


壁側に俺を寝かせてから留衣が電気を消しに行く。
一人しか寝られないはずのベッドに二人で寝るのはもちろん無理があって、留衣はなるべく離れるように気を遣ってくれているのだろうが至近距離であることには変わりない。

そしてまた俺に気を遣っているのだろう、留衣は俺に背を向けて寝転がって、「おやすみ」と呟いた。




「………」




小さな背中を見つめる。手なんて伸ばさなくても、ちょっと動けばぶつかりそうな距離。




「留衣、」


『なに?』


「ありがとう」


『……うん、いいよ』


「…大好きだ」




縋り付きたいって、多分こういうのを言うんだと思う。

きゅっと遠慮がちに留衣のパジャマを握ると、留衣はぴくりとした後に寝返りをしてこちらを向いた。




「…!」


『わたしも好きだよ。…おやすみ』




頭を撫でると傷に響くと思ったのか、留衣は指の裏で俺の頬を撫でると目を閉じた。


好きだ。大好きだ。
少しでも油断したら泣きそうなくらい、好きだ。




「おやすみ」




どうか留衣が、良い夢を見られますように。






カラ松事変 






END.





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