おそらく不戦敗






『ねえカラ松、暇ならちょっとわたしに付き合ってくれない?奢るからさぁ』




橋でいつものようにカラ松ガールを待っていたら、声をかけてきたのは偶然通りがかったらしい留衣だった。

「何してんの?」と聞かれて「カラ松ガールを待っていた」と答えたら、留衣は「ふーん」とだけ言った。そして冒頭に戻る。
暇とは心外だ。確かにこの数時間の間に声をかけてきたのは警察くらいだったけど(職質された)。




『カラ松とはこういう機会なかったし、ちょうどいいや〜』


「ここは…?」


『パンケーキのお店です』




留衣に連れてこられたのは街中にあった小さなお店。それでも店内は賑わっていて空席もほぼなく、唯一空いていた窓際の席に留衣と並んで座る。

周りを見渡せばおしゃれな若い女性ばかり。男性は数人しかいなかった。
来たことのない場所で落ち着かず、思わずきょろきょろと辺りを見回す。




『わたし、おそ松とはあんな感じじゃん?トド松とはよく一緒にショッピング行くし。
チョロ松とはイベント行ってきたし、十四松とは野球やるし、一松ともそこそこ打ち解けてきたし。
そろそろカラ松ともどっか行きたいと思ってたんだよねぇ』


「フッ……そんなに留衣は俺と一緒にいたかったのか?」


『そういうことにしといて〜。あ、注文お願いします』




留衣が手を挙げて、それに気付いた店員がこちらにやって来る。
彼女の注文を自分はただただぼうっと眺めているだけだった。


ちょうど一ヶ月くらい前だったか、彼女が近所に越してきたのは。
可愛い女の子と友達になれた兄弟は彼女をよく奪い合いしていた。特にトド松とはしょっちゅう出かけているみたいで、出かけたその日には必ず「今日の留衣も可愛かったよ」と写真を見せられる。

そんなこんなで、大抵彼女の隣には自分以外の誰かしらがいる。その面倒見の良さから、おそ松兄さんやトド松の相手にはうってつけだ。
同時に気を遣うのも忘れないタイプで、一緒に話したいものの自分からはあまり積極的に絡もうとしない一松や自分のような人間にもよく話しかけてくる。


この前一松が倒れて彼を看病して以来、一松からも懐かれているように思える。必然的に自分が取り残される形となった。
「そろそろカラ松と」という言葉には多分そういう意味が込められているのだと思う。取り残された俺に留衣が気を回してくれているのだ。




「留衣……なんかやけに視線を感じるんだが、気のせいだろうか?」


『ん〜?…今度一緒に服買いに行こっか?』


「…この前トド松にもいい加減服を変えろと言われたんだが、そんなに変だろうか……?」




黒い革ジャンにキラキラしたズボンは俺の基本的なスタイル。同じのを何着か持っているから、だいたいこの格好で出歩いている。
でも兄弟にはとても不評で、まず真っ先にトド松に「隣を歩かないで」と嫌がられる。そんなにダメだろうか。もちろん気に入ってるからこの格好をするわけであって、それを嫌がられると少なからず悲しい。

店に入ってから周りの視線を感じていたが、気にせずそのまま店内へ。今も変わらず感じる他人からの視線。
留衣に確認を取ったらトド松と同じようなことを言い出した。やっぱり変なのだろうか、留衣まで変な目で見られないか少し心配になる。兄弟以外と出かけることなんてないせいか、こんな気遣いをしたのは初めてだった。




『ちょーっと派手だから目立つんだよ。カラ松自体はかっこいいよ〜、スタイルいいし背高いし脚長いし!』


「わ、わっ」




座っていた俺の頭をわしわし撫でてくる留衣。背の低い彼女は手も小さくて、俺の頭を撫でるには結構大変そうだった。
撫でられるなんて滅多にされないから気恥ずかしい。それも女性になんて母さん以外じゃ初めてだ。
俺が焦ってるのを留衣が分かってないはずもないのに、彼女は手を止めようとしない。

だんだん顔が熱くなってきて、でも抵抗するにもできなくて、留衣にされるがままになる。
ちらっと留衣を見たらにまにましていて、思わず目を背けた。




『カラ松真っ赤じゃん。かーわいい』


「……」


『撫でられるの好きなの?』


「…えっ」


『なんか気持ち良さそうにしてるから』




「眠いだけ?」なんて首を傾げる留衣は分かってるんだか分かってないんだか。気を遣えるというのはイコール他人の気持ちを汲み取るのが上手いわけであって、今も例外じゃないだろうに。

留衣の手が気持ちよかったとは言えず、特に返事はしなかった。




「お待たせしました」


『わー!美味しそう!』


「おお…」




注文の品を届けに来た店員に気付いた留衣が撫でるのをやめて、その瞬間にここが外出先だったのを思い出した。どんだけ夢中だ、俺は。慌てて体を起こす。

目の前に見たこともないくらい分厚いパンケーキが置かれて、それを見た留衣が隣ではしゃぎだした。




『んん、おいひぃ!』




ついてきたシロップをかけてからフォークとナイフで上手に切り分ける留衣を手本に、自分もせっせとパンケーキを切り分ける。
心底幸せそうに頬張る留衣に、なんだかこっちもほっこりした。久しぶりに食べる豪華なデザートはとても美味しく、俺も一緒になって笑う。


食べ終わる頃には日が暮れかけていた。そろそろ帰ろうと立ち上がった留衣と会計に進む。




「(さ、さんぜんにひゃくはちじゅうよえん…!?)」


『じゃあこれで』


「ありがとうございました、またお越し下さいませ」




そんなに大きなパンケーキではなかったし飲み物も変わったものを頼んでないのに、レジにはそこそこの金額が表示されて驚く。今自分の所持金はいくらだっただろうか。1000円もなかった気がする。

確かに彼女は奢ってくれると言っていたものの、今更なんとなく罪悪感。




「留衣…俺に奢りなんてして大丈夫だったか…?」


『ん?大丈夫だよこれくらい。そもそもわたしが言い出したんだから。
ありがとねカラ松、一人じゃ入りづらかったから助かったよ〜』




帰り道、並んで歩く留衣は俺に気を遣わせまいと笑顔でそう言ってきた。嘘は言ってないのだろうが、本来だったら俺も払うべきところだろう。なんて柄にもないことを考え始める。

それに気付いたのか、「らしくないねえ」と留衣が両手を後頭部で組んだ。




『初期の時点ですでに“俺を養わないか”って言ってたじゃん。もしかして働く気になったの〜?』


「いや……」


『なってないの?それはそれで困っちゃうなぁ』




アハハ、と留衣が笑う。その声が心地良かった。
ふと留衣が何かに気付いたように振り向いて、彼女と目が合った俺は首を傾げる。




『カラ松、今日はやけに可愛く笑うね』


「なっ…!」


『それが素なの?可愛いなぁ』




「いつもカッコつけてるみたいだし」と、まだ出会ってそんなに経っていないというのに留衣は俺という人間を見抜いてくる。
そういえば今日は顔が緩んでいた気がする、気が抜けていたというか、気を張る必要を感じなかったというか。
確かそう、留衣に撫でられたあたりから。




「(おそ松兄さんとはまた違うタイプの人だな…)」




弟の気持ちは全て把握しているおそ松兄さん。彼と似たような、でも少し違う、そんな彼女。
共通点は多分、「敵わない」。


歩幅が小さい留衣に合わせてゆっくり歩いていたら、留衣が俺と目を合わせて笑った。




『またどっか出かけようね!次はもっとたくさんお話しよ!』


「…ああ」




ニッと笑った留衣は、トド松の見せてくれたどの留衣よりも可愛かった、気がした。






おそらく不戦敗


(カラ松兄さんどこ行ってたのー?)
(カラ松ガールとちょっと…)
(はぁ?嘘でしょ?ほんとはどこ行ってたの?)
(…留衣とパンケーキを食べに……)
(は!?ちょっとなにそれふざけないでよ僕より先にそういうことしないで!!)





END.





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