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『もうあと10分だって。早いなあ』




猫と留衣に癒されに癒されていたらあっという間に時間が過ぎていた。
帰り支度もあるしこれで最後と言いながら留衣が猫を抱き上げる。




『わ』


「(ん゙んっ)」




――ペロ。
抱き上げた猫が留衣の鼻先を舐めた。

その光景が可愛いを通り越して意味がわからなかったのでとりあえず鼻を押さえる。油断したら鼻血噴きそう。




「(この世に楽園は存在した……)」


『一松、帰るよ〜』


「…あ、ハイ」




名残惜しそうに猫を撫でてから留衣が荷物を持って立ち上がった。僕も一緒に出口へ向かう。
会計を済ませて店を出たら、去り際にあの店員が「ありがとうございました」と笑顔でお辞儀をしたのが見えた。




「(こんなゴミに付き合ってくれた留衣に会計も全部任せきりとか、底辺極めてるな俺…留衣はどこまで優しいんだろ)」


『猫カフェ楽しかったね〜!また来ようね!』


「うん…(留衣の優しさが留まるところを知らない…)」




にこにこして僕と手を繋いで歩く留衣。僕にしか得がなさそうなことをこの人は平気で言ってくる。
留衣も楽しかったのだろうけど、別にわざわざ僕を誘う必要はないだろうに。また付き合ってくれるのか。


買いたいものがあるから寄り道をしたいと言う留衣と一緒に、帰りがけにショッピングモールに寄る。
これくらいは男として最低限やらねばと荷物持ちを担当した。




『いいよ一松、わたしが持つから』


「…ダメ。俺の気が済まない」




案の定遠慮を始めた留衣の荷物を奪い取る。これくらいさせてくれてもいいと思う、留衣は年上と言ったって女の子なんだから。もっと頼って欲しい、頼り甲斐はないだろうけどさすがにこれくらいは出来る。

明日の夕飯の食材とやらを左手に持って、服や靴を見ながらのろのろと歩く留衣に合わせて歩いたり立ち止まったり。
留衣のこういう女の子らしい一面をじっくり見られるのって実はレアだったりする。家に来るとひたすら僕が甘える側だから。

「これ可愛いかなあ」と服を広げてウィンドウショッピングを楽しむ留衣をちょっと複雑な気持ちで眺めているうちに、外では日が暮れ始めた。




「…ねえ、あの男の人彼氏だと思う?」


「たぶん…でもなんか釣り合わないって感じするよね」


「ね。あの人可愛いのに」


「『……』」




建物を出て数分後といったところだろうか。通りすがりの女子高生らしき二人組がそんなことを言いながら反対側に歩いて行った。
ああいう人って誰とは言ってないから大丈夫だと思ってるんだろうけど、残念ながら今は俺らくらいしか該当者がいない。

二人の会話は留衣にも聞こえていたようで、ちょっと眉間に皺が寄っていた。




「(…ああ、そうか)」




自分が留衣に釣り合わないことくらい重々承知の上だから今更言われたところで何とも思わないけど、自分が隣にいるせいで留衣の評価が下がるのか。そこまで気が回っていなかった。
手を繋ぐのは留衣が優しいから言えばやってくれるけど、そのせいで周りから誤解されるのなら留衣の評価に関わる。現にさっきの猫カフェでも店員にカップルだと思われてたし。

手は離したくないけどそういうことなら仕方ない。繋いでいた右手を解いたら、留衣はこちらを見上げた。




『さっきの子達のこと気にしてるの?』


「まあね。留衣にこれ以上迷惑かけるわけにもいかないんで」


『…ふうん、わたしと手繋ぐことよりあの子達の言葉の方が上なんだ』




じとっとした目でこちらを見た留衣はそんなことを言った。
新たに別の誤解が生まれているらしいので訂正に入る。




「俺は俺のせいで留衣の評価を下げたくないだけなんだけど」


『わたしは釣り合ってないなんて思ってないんだけどなあ』


「周りがそう思うんだから仕方ないだろ、僕だって釣り合うとは思ってない」


『わたしはわたしの評価とかどうでもいいから手繋いでいい?』


「な、…だから留衣はなんでそうやって僕のことばっか優先するの、いくら優しいからって」


『別に優先とかじゃないんだけど……え、一松はわたしのこと優しいと思ってるの?』


「は?当然でしょ…何今更……」




変な言い合いの中で投げられた謎の質問に抜けた声が出た。
アンタが優しくないなら何なんだ、アンタはバカみたいに優しいでしょ。こんなゴミ相手にだって分け隔てなく。




「例を挙げたらキリがないけど、今僕みたいなゴミと一緒にいる時点で十分優しいから」


『……あー、もしかして一松ってわたしが優しいからこういうことしてると思ってる?』


「…? 何か間違ってんの?」


『大いに間違ってる』


「……はあ…?」




意味が分からないと言葉にはしなかったけど表情で伝わったらしい。
留衣が深く溜め息を吐いたけど、生憎その意味は僕には分からなかった。




『わたし誰にでも優しい人間じゃないから。そんな善人じゃないから』


「…、え?」


『仮にわたしが優しいとして、それは一松相手だから優しいの。良い顔しようとしてるの。
逆に聞くけど、好きでもない人に優しくすると思う?わたしは無理』


「へ……」




ペラペラと話す留衣に上手い返しが見つからない。

てっきりこの人は誰にでも優しい人なんだと思っていた。そうじゃないと僕に優しい理由がないと思っていたから。
でも彼女は“僕だから”優しいと言う。


留衣の言葉とさっき店員に言われた言葉を合わせたら自ずと答えが出てきたけど、にわかには信じ難い。


――女の子って、好きでもない男の人とそう簡単に二人で出かけないですよ?

――好きでもない人に優しくすると思う?





「え…留衣……は、僕のこと好き…なの…?」


『…ちょっと待って、なんで?今まで何回も言ってたよね?信じてもらえてなかったってこと?』


「そりゃ…言ってはくれてたけど……」




僕が好きだと伝えたら留衣は私も好きだと言ってくれる。それは知っている。
でもそれは僕を傷つけないための返しであって、つまり留衣が優しいからで。

好いてくれてるなんて思っていなかった。こんなゴミを留衣みたいな人間が好いてくれるなんて思ったことがなかった。そうだ、それこそ“釣り合わない”から。
留衣と僕は生きてる世界が違うんだって、今までに何回も感じていたから。




『ええー…どんだけ信用ないのわたし…』


「そうじゃない…だって留衣が俺を好きになる要素なんてどこにも…」


『一松は自分のこと卑下しすぎだって。あと好かれるのに慣れてなさすぎ…友達いないってのは聞いてるけどさ、なんでそこまで極端に考えちゃうかなあ……』




すっかり呆れた様子の留衣。対して僕は間抜けな顔をしているに違いない。

留衣は誰にでも平等に優しい人。だから僕にもこんなに良くしてくれる。
ずっとそう思っていた。僕は僕にも優しくしてくれる留衣のことが大好きだった。
好きだと言ったら好きだと返してくれるこの人のことが大好きだった。でもその“好き”という言葉の意味をそのまま受け取ろうと思ったことはなかった。だって好かれる要素が僕にはないから。その“好き”は単なる優しさから生まれた言葉だとしか思っていないから。


でもこの人は、僕のことを好きだと言う。僕の言う「好き」への返事としてではなく、僕のことを「好き」だと言う。




「アンタが優しくないとこなんて見たことないから、全然…気付かなかった、……」


『もー…ほんとにこじらせてるなあ……。
そんなに期待されてもこっちも困るよ〜…わたしそんな出来た人間じゃないんだからさ…』


「…留衣に好かれる心当たりが全くないけど、とりあえず俺生きてて良かった」


『そりゃ何より。一松が死んだらわたしが悲しいよ』




笑っているけど声は真面目。その言葉ひとつでどれだけ僕が救われているか。

夕日に照らされた留衣が、歩きながら不意にこちらを振り返って手を伸ばす。




『じゃ、そういうわけなんで』




ニッと笑う留衣。
差し出された小さな手のひらを、右手でしっかりと掴んだ。






君の隣で 
この先も過ごしていたい



(今日はとても幸せな日だ)




END.







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