二人だけのヒミツ






「留衣いるか!?」




――スパァン!
学校帰りに家に立ち寄ってくれた留衣と野球盤を楽しんでいたら、突然部屋の襖が勢いよく開いた。




『いるけど。なに、わたしの家寄っ……』


「うわあああん留衣〜!!」


『ぐふっ』




廊下に立っていたのは昼過ぎくらいに出かけたカラ松兄さん。どうやら帰ってきたらしい。
帰るなり呼んだのはこの家の住人ではなく留衣の名前、目的の人を見つけると同時に突っ込むように飛びついた。

野球盤の心配をしたのか、咄嗟に横に避けるようにしつつ留衣がカラ松兄さんを抱きとめる。
よく意味がわからないという風な表情をしたのはその場にいたカラ松兄さん以外全員の共通事項。




『えーっと…?』


「留衣っ…今日なぁ、出かけたらなぁ、まずトラックに轢かれそうになってえ…それ避けたら転んで、その後バイクに泥水引っ掛けられて、公園から飛んできたボールにぶつかって、さっき大きい犬に追いかけられてまた転んで…俺何かしたぁ……?」


『……厄日だねえ』


「もうやだぁあ〜…」




留衣にしがみついて泣き始めたカラ松兄さんに周りが事態を察する。“厄日”だ。
カラ松兄さんには数ヶ月に一回、地味な不幸が畳み掛ける日がある。普段から何かと不幸に見舞われて怪我をしてるけど、我慢の限界になるとカッコつける余裕もなくなってこうやって留衣に泣きつく。ハグはストレス解消に良いとかで留衣も毎回快くカラ松兄さんに付き合う。

野球盤がまだ途中だけどこうなっては多分しばらく再開できない。仕方がないから他のことをしようかと付近を見渡した。




「一松兄さん、なんか今日静かっスね?」


「…え?……ああ、まあ…」


「何かあったんスか〜?」




留衣がいるときはそわそわしてることが多いのに、今日はひたすら床の上に転がっている一松兄さん。
視線の先には留衣とカラ松兄さんがいたから睨んでるのかと思ったらそういうわけでもなさそうだった。

理由を聞いたら「ちょっとね」と曖昧な返事が返ってくる。




「ちょっと?ちょっとって?」


「ちょっと…良いことがあってさ」


「え〜?なになに?気になる〜!」


「…ヒミツ」


「えー!…留衣と何かあった!?」


「……、そんなところ」




珍しく機嫌が良い一松兄さんは寝転がったまま「ヒヒッ」と喉を鳴らした。よっぽど良いことがあったんだろう。
でも内容がわからない。




「留衣留衣!一松兄さんと何したの!?兄さんスッゲー嬉しそう!」


『え?…この前の猫カフェが楽しかったんじゃない?』


「…まあそれもあるけど」


『違うの?じゃあ知らない』


「え〜!?わかんないの〜!?」


「ヒヒッ…アンタのそういうニブイとこ、嫌いじゃない」


「そういえばチョロ松兄さんも静かだね!どしたの!?」


「えっ!?きゅ、急に話振らないでよ…」




一松兄さんはニヤニヤゴロゴロしてるだけで遊んでくれそうにはなかった。“ヒミツ”についても教えてくれそうにない。
次のターゲットとして選んだのはすぐ近くにいたチョロ松兄さん、でも彼も彼でなんだかぼうっとしていた。




「ちょっと……その…」


「?」




チラッと留衣を見て、顔を赤くしてから視線を元に戻す。明らかに留衣が関係しているようだった。
聞いても「何でもない」としか言わないチョロ松兄さん、やはりまた留衣に聞くしかない。




『チョロ松が?ん〜……』


「わかんないの!?留衣わかんないこと多いね!!」


『一応思い当たる節はあるんだけど…』


「留衣、よそ見しちゃや…っ、……!!な、何でもない」


『…おー、ごめんごめん』


「え!?カラ松兄さん何か言った!?」




留衣にしがみついていたカラ松兄さんが何か言ったように聞こえたけど、ハッとしたような顔をした兄さんは「何も言ってない」と答える。
ほんとに、と聞き返しても本当だ、としか返ってこない。


これで立て続けに三回目。




「あーーーーー!!なに!?みんなして僕に隠し事!?なんでえー!?」


「…ありゃ、十四松がキレた」




みんな何か僕に隠し事をしている。聞いても答えてくれない。
大声で叫んだら漫画を読んでいたおそ松兄さんが顔を上げた。




「まあまあ十四松、落ち着けって。
留衣が関わること全部知っておきたいんだろうけどさ、誰にだって隠し事のひとつやふたつあるよ〜」


「え!?おそ松兄さんもあんの!?」


「別に十四松に隠したいわけじゃなくてさー、二人だけのヒミツってやつ?特別感?そういうのが良いんだよねえ。
カラ松はバカだから隠しきれてないけど〜。嫉妬丸出しだよカラ松くーん」


「……うるさい」


「俺も留衣と二人だけのヒミツあるもーん。な!留衣!」


『そうだね、二人でいるときのおそ松は可愛いとは思うよ』


「…ばっ、そういうんじゃねーし!!」


「じゃあトド松は!?ヒミツある!?」


「え?僕はいーっぱいあるよ!僕だけが持ってる留衣の写真たっくさんあるし〜」


「は!?寄越せ!!」


「残念でした、ロック画面にもフォルダにも鍵かかってますぅ〜」




すかさずトド松のスマホを奪いにかかるおそ松兄さん。
「せめて見るだけでも」と懇願する兄さんを留衣が呆れたような目で見ていた。


そっか、みんな留衣と“二人だけのヒミツ”あるんだ。
僕には何かあっただろうか。そのような約束事なんてしたことないし特に何も思いつかない。なんだか仲間はずれな気分だ。




「ヒミツー…何かあったかなあー…」


「十四松兄さんの場合、あってもヒミツにできなさそうだよね〜」


「…あ!わかった!」


「え、あるの?」




しばらく考えてからとあることを思いついた。目の前でトド松が首を傾げる。
そうだ、別に約束事じゃなくても良いんだ。




「俺と野球してるときの留衣、すっげえ可愛い!!!」


「「!」」




僕と留衣だけが知ってることなら全部“二人だけのヒミツ”だ。
声高々に叫んだら、その場に居た全員がこちらを向いた。




「みんな野球してるときの留衣知らないっしょ!?すっげえ可愛いんだー!!
留衣とのヒミツできたー!!」


「いや思いっきり言ってるけどね!?しかも地味に気になるし!」


「留衣はいつも可愛いけど何か違うの?」


「違うよ!野球してるときはねぇ〜……ヒミツ!」


「……十四松、今度俺も野球着いてく」


「「一松!?」」


「ちょ、じゃあ俺も!」


「ダーーーメ!!ヒミツなのー!!」




転がっていた一松兄さんが起き上がる。野球のために自分から外に出たがるなんてまず有り得ないからみんな驚いていた。
でもその要求は却下。野球はやりたいけど、ヒミツを知られるのは嫌だ。
自分の話題で勝手に盛り上がられていた留衣張本人は、腕の中のカラ松兄さんの頭を撫でながら「その話やめてくれる」と顔をしかめる。


そう。
あんな可愛い留衣を見られるのは、俺だけでいい。






二人だけのヒミツ


(これでみんなと同じ!やったー!)
(なあ留衣、今度俺と野球しない?)
(あ、そういうのズルい!!)





END.







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