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「(あ!)」




都内の某所、こじんまりしたスタバァでバイト中の僕は自動ドアから現れた人影に反応する。

「少々お待ちください」と目の前のお客さんに言いながらも、精神は全部その人。
今注文を受け終わった人の次の次、背が低くてほとんど見えないけれど確かに僕の列に並んでくれた。




「留衣〜!来てくれたの!?」


『うん、ちょうど時間が空いたんだ』




カウンター越しにニコニコして挨拶してくれたのは留衣。まだ慣れないバイトの疲れも、その顔を見たら一瞬で忘れる。

つい嬉しくなって接客を忘れてしまったけど留衣は別に気にも留めず、手元のメニューに目を落とす。
ここは留衣のバイト先に近くもなければ、学校の近くでもない。

留衣が、わざわざここまで出向いてくれたんだ。僕のために!




「(えっへへ、今日この時間にお仕事だって留衣覚えててくれたんだあ…)」


『トド松はいつも何を飲むの?』


「えっ!えっと、キャラメルフラペチーノかなあ。あとこの、カフェモカも美味しいよ。どっちも値段お手ごろだし、気分で変える感じ」


『じゃ、カフェモカのMサイズひとつ』


「かしこまりました!」




メニューに一通り目を通してから最終的に留衣が話を振ったのは僕で、僕がいつも飲んでるのと同じものを頼むあたりに留衣の愛を感じる。普段冷たいこともあるけど、なんだかんだ彼女はこうなんだ。だから冷たくされても嫌いになるどころかどんどん深みにハマっていっちゃうから、僕としては困っている。




『これで』


「1000円お預かりしまーす。お釣りが430円で……」


『あ、お釣りはいいや』


「えっ?」


『あげる。帰りにおやつでも買いなよ』


「………っ!」




さらりと言いのけた留衣は、お釣りと一緒に渡そうとしたレシートだけ僕の手から抜き取ると、軽く笑ってみせてからそれを財布にしまった。

その動作があまりにも自然で、あまりにもかっこよくて。
誰がこの彼女の見た目からこれを想像できるだろう。自分は留衣がこういう人だって知ってるにもかかわらず、何故か毎回不意打ちを食らう。一気に顔が熱くなった。




「…っなんで留衣は、そういうことさらっと出来ちゃうかなあ」


『ん?足りなかった?もうちょっとあげようか?』


「違うってば!もー…」




熱くなった顔を覆うように隠したら彼女はどうも的外れな返事を寄越してくる。
なんでさっきのが素で出来ちゃうんだ。なんで男の僕が好きな女の子にドキドキさせられてるんだ。普通、逆じゃないの。




『じゃ、わたしは課題やってから適当に帰るよ。バイト頑張ってね』


「う、うんっ」




ひらひらと手を振って彼女はカウンターを離れていく。もっとたくさんお話したかったけど今は仕事中。
休憩時間になってもまだ留衣が帰ってなかったら声をかけてみよう、留衣の前でヘマしないように集中しなきゃ。


――ウイーン。
自動ドアが開く音に合わせて、顔を上げた。




「いらっしゃいま、」




留衣の後ろに並んでた人の、さらにその後ろ。
そこには本来有り得ない、いや有り得て欲しくない光景が広がっていて思わず体が硬直する。

最悪の既視感。
“せ”の音が喉を抜けて発音できなかった。




「さっきの留衣見た?かっこよすぎじゃね?何あれ?トド松の彼氏?」


「留衣ちゃんそういうとこあるもんね……」


「ねー!何飲むー!?何飲むー!?」


「…ここにもパフェあんのかな」


「フッ……注文なら俺に任せろ」




「(何であいつらが並んでんの!?!!?)」




膝から崩れ落ちそうになるのを寸でのところで我慢する。今何かやらかしたら留衣に見られてしまう。
いやそれでも、それにしても頭を抱えずにはいられない。この間のトラウマが一瞬にして蘇って頭の中を駆け巡る。

――最悪だ、最悪すぎる。




『あれ、みんな何でここに』


「留衣が入ってくのが見えたんだもーん」




騒がしい奴らの存在に留衣も気付いてしまったようで、ここで「気付かれないうちに何とかして追い出す作戦」が決行不可能になる。
留衣の声に答えたのはおそ松兄さん。呑気に語尾なんか伸ばしちゃって、こっちは今絶賛世紀末なのに!!




「うわぁああん助けて留衣!!!」


『あ、ハイハイ…』




ひとまずあいつら以外のお客さんの注文を片付けてから留衣に泣きつく。仕事中だろうが関係ない、今は数週間前の絶望崖っぷち再来なのだ。このまま放っておけば確実に二の舞。でも今回僕には救いの女神がいる!




「僕前に行ってたバイト、こいつらのせいで辞めることになったの!!でも留衣と遊ぶお金欲しくて、それで似たような仕事したいからここにしたのにっ、留衣酷いんだよこいつらってば前のお店でねぇ…!!」




前の店での出来事を思い返すうちに自然と涙が溢れ出てきて、留衣が抱きついて縋る僕の頭を困った顔をして撫でる。
よしよしと優しく撫でた後にぽんぽんと軽く叩かれ、それに合わせて顔を上げると、留衣は僕の涙を袖で拭ってくれた。うん、やっぱり今日の留衣は僕の味方だ。




「うえぇん…っぐす」


『ごめんね、着いてきてるの気付かなくて…』


「ううんむしろ留衣は警察に届け出るべきだよぉ……こいつらただのストーカーだよぉ…」


『五人のことは何とかするから、トド松は安心してお仕事しててね』




「パフェひとつお願い」と追加の注文をした留衣は、僕が強制的に一番安いコーヒーを買わせた兄弟と横一列に並べる席に座り直した。






5人の悪魔再来 1


(お願いだから留衣の前で変なことやらかさないでよ…!)





END.







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