レッツアイドル!


 



今思えば、この時ばかりはスルーを決め込んだ方が良かった。




『何してるの?』


「あら留衣!」




それがあんまり見かけることのないトト子ちゃん相手であっても、だ。


別にトト子ちゃんに声をかけること自体が悪いことではない。
知ってる人に会ったのだし、挨拶するくらいは当然のこと。

ただ、その後なぜかライブ会場の控え室に連れ込まれ、なぜかヒラヒラのフリルがたくさん付いた服を着せられ、ステージに立たされるなんてことにならなければ、だ。




「すっごい可愛いじゃない!さすがわたしが認めた女の子なだけあるわ!」


『なんでわたしがステージに立つことになってるの!?』


「「「留衣すっげー可愛い!!!」」」


『そんでもって何であんたらがいるの!!』




超絶可愛いトト子ちゃんに「着るだけでいいから」「おねがい!」と頼まれたから手渡されたふりっふりの衣装を渋々着たのに、そのまま控え室から連れ出されるとは思わなかった。すぐ脱ぐつもりだったのに。騙された。

しかもそのまま手を掴んでステージにまで行くものだからめちゃくちゃ焦った。
でも幸いお客さんはいなくて(正確には見慣れた六つ子しかいなくて)、ホッとしたけど服装が服装なだけにこのメンバーの前でも辛かった。




「トト子ちゃん天才!!留衣ちゃんも一緒なら可愛いの相乗効果でバカ売れ間違いなしだよ!!」


「留衣すっげえ可愛い…すっげえ可愛い……」


「でしょ〜!?留衣の可愛さはこのわたしが認めてるんだから間違いなしよね〜!」


『勝手に話を進めないでもらえるかな?』




トト子ちゃんを前にするとこの六つ子の思考回路が限界までぶっ飛ぶから話にならないのはわかってるけど、せめて状況くらいは説明してもらいたい。
「どういうことなの」、と隣にいたトト子ちゃんの肩を叩く。彼女も当然のようにアイドル衣装だ。




「ん〜っとねえ…どこから話したらいいかなぁ…」




うーん、と悩んだ彼女は結局最初から話してくれた。


事の発端はライブのチケットが全然売れなかったこと。おそらくぼったくり紛いのことをしているからだと思うがそこは黙っておいた。
六つ子やイヤミと話し合い、魚を配ってみたり、女優の道を考えたり、お魚アイドルをやめたり、巨大ロボットになってみたり(先日の夜騒がしかった理由が判明した)、いろいろと試したが上手くいかなかった。

でもそんなことで彼女は諦めない。
今日偶然通りがかった私を見て、「ユニットを組む」という新たな選択肢を思いついたようだ。




「そのまんま話したら着いてきてくれないでしょ?
だからせめて衣装だけでも着て欲しいと思って、留衣の優しさにつけこんで着てもらったら思ってたよりずっと可愛かったから、思わずステージまで引っ張ってきちゃった!」


『……トト子ちゃんの素直なところは好きだし協力もしたいけど、わたしそういうのは無理だよ…』


「留衣運動嫌いだし歌うのも嫌いだものね!わかってる!わたし留衣のことは全部わかってるから!
そう言うと思って、留衣にはプロデューサーを頼もうと思ってるの!」


『プロデューサー?』


「本当は声の替え玉を用意して口パクで歌もやってもらおうと思ったんだけど、留衣あんまり人前でそういうことするの好きじゃなさそうだなって思って!」


『…うん、その通りだよ』




トト子ちゃんとの付き合いは六つ子と同じくらい長い。
会う回数こそ少ないけど、出会った当時からやたらと懐かれていて(心当たりはない)、お互いの事はよく知っている。




「あとねあとね、一緒にビラ配りもして欲しいの!」


『ああ、それくらいなら…』


「“超絶可愛いアイドルはプロデューサーも超可愛い”っていう、わたしと留衣の写真入りのビラを作るの!
みんな一発で受け取ってくれること間違いなしよ〜!」


『え、それはちょっと』


「大丈夫!留衣はわたしが認めた唯一の女なんだから!
チョロ松くん、早速スタジオの手配できるかしら?」


「任せて!ここから一番近くて一番いい場所は…」


『待っ、そういうのは…』


「大丈夫大丈夫!とりあえず撮ってもらって、そこからどうするか考えればいいんだから!
マネージャーの僕に任せて!」


『チョロ松マネージャーだったの!?』


「そうだよ〜!」




慣れた手つきでスマホをいじり始めるチョロ松はいつの間にそんな立ち位置についたのか。
待ってくれ、スタジオ撮影なんてそんな、本格的なことをする気は全くない。
そもそもこの格好でここから外に出たくない。

真面目な顔をしてスタジオを探しているであろうチョロ松とわくわくしている様子のトト子ちゃん、その周りを囲むように様子を伺う兄弟達。
誰か一人くらいまともな人はいないのだろうか。そういうやる気を就活に使おうとは思わないのだろうか。

そうこうしているうちに通話ボタンを押そうとしているのが見えて、これは本気でまずいとチョロ松の腕を掴もうとした、その時だった。




「…ん?待てよ、チョロ松」


「え?何?」


「留衣とトト子ちゃんが組んだら売れるとは思うけど、売れたら留衣が俺らに構ってくれなくなるんじゃない?」


「「「……あ」」」


「家に行ってもいなかったりして、滅多に会えなくなるかも」


「「「えぇー…」」」


「握手会やったらキモいおっさんが来ちゃったりとか…!?」


「「「それは絶対ダメ!!」」」


「…そうね、わたしの留衣が知らない男にいやらしい目で見られるのはトト子も嫌」


「でしょ?そういうわけで、」


「「「この話はなかったことにしよう」」」


「うん、残念だけどそうしましょう」




『(何だったんだ一体…)』




当人を置き去りにして話がまとまり、解散の流れになった。最初から最後までよくわからなかった。
唯一わかったのは、トト子ちゃんの夢が先延ばしにされたということだけだ。


ただただ巻き込まれた私が疲れた一日だったが、トト子ちゃんが超絶可愛いので許すことにする。






レッツアイドル!

(でもこの衣装の留衣は写真で残しておくべきよね)
(当然だよね。今時のスマホは画質が高くて助かるよ)
(なんでこういう時はトト子ちゃんまでそっち側に回っちゃうかな〜…)





END.








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