本当はね、
「ねえ留衣ちゃん、もう一回あの衣装着てみない?」
『ヤダ』
「もう一回だけ〜!」
『ヤダ』
お願い!のポーズをしてみても同じ返事しか返ってこない。
先日、トト子ちゃんのおかげで留衣ちゃんのレアな姿(アイドル衣装)を見れた。僕はそれをもう一回拝みたかった。
留衣ちゃんなら大抵の頼みごとは聞いてくれるんだけど、今回はダメらしい。
まあ写真に収めることができただけでも良しとするか。
プリントアウトまでしたことは彼女には内緒である(バレたら多分破かれる)。
今日も今日で部屋でグダグダ。留衣ちゃんが遊びに来たから出かけようとする者はいない。
持ってきてくれたお菓子をバリバリ食べながら留衣ちゃんの隣を陣取る。
「そういえば留衣ちゃんってさ、ウチに来るとき絶対ズボンだよね」
『…そりゃあね』
「え、そんな法則あったの?」
「言われてみれば…」
「確かに」と納得するトド松。留衣ちゃんの観察眼には劣るとは思うけど、僕もそれなりだと思う。好きな子限定で。
留衣ちゃんが家に来るときは決まってズボン。長さは関係ない。
スカートで来るとしたら何かを渡すだけとか、待ち合わせが家の前だとか、そういう時。家に上がることはない。
一方で、どこかへ出かけるときはスカートの場合が多々ある。
以前から気付いていて不思議に思ってはいたけど、直接聞いたのは初めてだった。
『さすがに二十歳超えた男ばっかりの家にスカートで来る気にはなれないな〜』
「…二十歳超えた男ばっかりの家に女一人で来る時点でアレじゃない?」
「留衣ちゃんっていろいろと基準ズレてるもんね」
「それは同感」
『そう?』
近くでごろごろしていたおそ松兄さんや一松も参戦する。
唐突に始まった“留衣ちゃんの基準はおかしい”談義。
例えば、僕らとこうして家にいるとか。この中の誰かと二人きりになるとか。
手を繋いだりハグしたり、デートしたりとか。
親しいとは言え、少し行き過ぎてる部分があるのでは。
その自覚はこの場の全員が持っていると思う。
「ねえ、」
――“それって、僕たち以外はどうなの?”
僕の放った言葉に、ゴクリと兄弟全員の喉が鳴った。
『…あんたら以上に仲の良い男友達はいないよ』
「ほんとに?」
『ほんとほんと。手繋いだりハグしたりなんてフツーしないでしょ』
「じゃあ僕ら以外とデートってしたことある?」
『……、そういうこと聞く?』
「チョロ松最近そういう質問多いね」なんて答えが返ってくる。
それが僕の質問の答えにはなっていなくて、彼女もわかった上でそう言ってくる。つまりは“ノーコメント”、だ。
ノーコメントというのは限りなく片方の答えに近い。はっきり言わないだけで言っているようなものだ。
――留衣ちゃん、僕の知らない男ともデートしたことあるんだなぁ。
留衣ちゃんの“答え”を聞いてその場に倒れ込んだ約三名を横目に、僕はお菓子を食べるのを再開する。
「(とっくの昔に分かりきってたことなのになぁ)」
僕らがショックを受けることさえおこがましい。
留衣ちゃんは可愛くて優しいんだから、モテないはずがないんだ。僕らが今の関係を築けたのは奇跡だ。
わかっていても想いが募る。毎日こんなに近くにいるんだ。仕方がない。
「…留衣ちゃん、僕たち以外とそういうことするのやめてよ」
『なにチョロ松、妬いてくれちゃうの?』
「妬くに決まってるじゃん…」
――僕が本気で留衣ちゃんを好きなんだってことは今まで散々言ってきたつもりだけど?
疑問形のそれに、彼女は「そうだね」と短く答えた。
『努力はするよ』
「……そうしてよ」
彼女にこんなことを言う権利が僕にないことは重々承知だ。
それでも留衣ちゃんを見知らぬ男に奪われるのが嫌だったから、兄弟の前ではあまり出さない独占欲をバラ撒いたら、「珍しいね」と頭を撫でられた。
本当はね、
(留衣ちゃんに言いたいことも聞きたいことも、もっとたくさんあるんだよ)
END.
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