Merry Christmas!






今年もクリスマスがやってきた。

街は案の定憎たらしいリア充どもで溢れかえっているけど、留衣が来てから俺たち兄弟の心は穏やかである。




「メリークリスマース!留衣!」


『はいはい。じゃあケーキ買いに行くから一緒に来て』


「わーい!ケーキ!ケーキ!」




午後5時。季節は冬。日が落ちるのも早く、辺りは暗い。

成人男性6人で揃ってカラフルなサンタの格好をして留衣の家に押しかける。
待っていてくれた留衣が玄関で厚手のコートを羽織り、俺らもサンタ服の上から上着を着て帽子を脱いでから家を出た。
さすがにこのまま出かけたらただのトチ狂った集団になる。それじゃ留衣に迷惑だ。


輝くイルミネーション、すれ違うカップル、赤と緑で統一された浮かれたショーウインドウ。
少し前までは視界に入れるだけで発狂ものだった。それほどまでに留衣の力は凄まじい。




「僕はこのフルーツタルトがいいな」


「…俺はチョコ」


『はいはい』




兄弟が順番にガラスの奥のケーキを指差して、留衣がそれを確認する。
すぐ隣にいるこの人と恋仲じゃないのが、二人きりではないのが、今でもちょっと寂しい。




『おそ松は今年はどれにするの?』


「たまにはショートケーキにしようかなーって」


『じゃあそれにしよう』


「で、上に乗ってるイチゴを留衣にあーんする!」


『そこは自分で食べなよ』


「留衣のケーキひとくちと交換すんの!」


『…あっそ』




「まあ好きにしてよ」と言いながら留衣は俺の頭をぽんぽんと叩いた。
その慣れた感覚に、見慣れた細い指の感触に、ああ俺この人のこと好きだなって、毎回思う。
兄弟相手ならたとえイチゴでも絶対譲らないのに、この人になら何でもあげたくなる。


そんな留衣のことは俺以外の兄弟もみんな揃って大好きなわけで。
先週、「今年のクリスマスも同じでいいのか」という会議が俺たちの中で開かれた。




「好きな女の子からケーキ奢ってもらった挙句プレゼントまで貰うって男としてどうなの?」


「しかも俺たちは何も返せていない」


「…誕生日とか含めてね」


「でも留衣の誕生日にケーキは買ってるよー?」


「あんな安物ひとつなんてノーカウントだよ十四松兄さん。普通はプレゼントとセットなんだよ」


「まぁそういうわけでさ、お兄ちゃん考えたわけよ」




“今年のクリスマスは留衣にプレゼントをしよう!”

全員揃って腕を天に掲げたことは鮮明に覚えている。
そして本日、当日を迎えたわけだけども。


ケーキを買って留衣の家。
「今年は留衣にプレゼントがあるんだ」と長男の俺が切り出した。




「「「プレゼントは俺(僕)です!!!」」」


『うん。…で?』


「「「うっ」」」




案の定、冷たい視線。
結論から言えば、初めてのクリスマスプレゼント作戦は失敗した。




「実はかくかくしかじか…」


『どうせお金が無かったんでしょ?無理しなくていいって』


「みんなの全財産持ち寄っても全然で…」


「頼みの綱のトド松の金はこの前使い切ったばっかりで」


「兄さんたちが悪いんだからね!!無理やり奪って飲み代になんかするから!!」


「最後の賭けでパチンコに行ったんだけど」


『…負けたんだ?』


「はい…」




留衣が喜んでくれるものが何かわからなかったけど、全員で持ち寄った千円弱では足りなさそうであることは俺でもわかった。
短期間で増やす方法を考えたがパチンコくらいしか思いつかず、祈るようにして注ぎ込んだ結果惨敗。
もう時間もなく、お金がなくても用意できるプレゼントを必死に考え、いつもなら確実にスルーされるであろうカラ松の「プレゼントは俺」案が採用された。


体にリボンを巻いただけ。なんともわかりやすく馬鹿げたものだったが、今の俺たちの精一杯だ。
視線は冷たいけど留衣は冷たい人じゃない、「気持ちだけもらっておくよ」と言って俺たちに服を着るように命じた。
クリスマスに風邪引いてもしょうがないでしょ、って。



大好きな子にまともなクリスマスプレゼントすら贈れないなんて。
親のすねかじってるクズな成人ニートであることを気にしたことはないけど、今日ばかりは落ち込んだ。

――留衣に彼氏ができてこういうことしなくなるのも時間の問題だよなぁ。
この前のことを思い出して凹んでいるのは俺だけじゃなさそうだった。




「ごめんな留衣…」


『なんでそんな落ち込んでるの?プレゼント欲しいなんて思ってないよ』


「今年こそあげたかったんだよぉ…でも結局俺たちだからこんなだし…」


『気持ちだけでも嬉しいよ』




「ありがとう」と俺の頭を撫でてくれる留衣。一体どこまで優しいんだろう。
とくんと心臓が波打つ。好きだな、俺。この人のこと。


「ほんとに嬉しいの」と聞き直したら、「ほんとだよ」と彼女は笑った。




『わたし一人暮らしだから、おそ松たちが一緒にいてくれるだけで楽しいよ。
あんたらが笑ってればそれでいいって、割と本気でそう思ってる』




「とりあえずケーキ食べない?」なんて話題の切り替えをする留衣には照れの表情ひとつない。
俺、こんなに幸せで良いんだろうか。




「(いや、“俺たち”か)」




周りを見れば一人残らず泣きそうな顔をしてたから、この気持ちは共通なんだろうなって。


いつだったか、誰よりも早く彼女を作って楽しいクリスマスを過ごしてやると決意したあの頃の俺は、数年前に恋人とじゃなくても幸せなクリスマスを過ごせることを知った。






Merry Christmas

(俺のこと、本気でもらってくれないかなぁ)




END.









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