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「留衣」


『なーに?』




本を読んでいた留衣の隣に腰を下ろすと、留衣は本を閉じてこちらに笑いかける。


友達なんて要らない。だって必要がないから。これからもずっと必要ない。
そうやって生きてきた、少し前までは。




『…眠いの?』


「………」




留衣の肩に頭を預けると、彼女は柔らかい声でそう言った。

目を瞑る。
特に意味もなく、数年前のことを思い出していた。




――




「なんでこんなゴミにわざわざ構うわけ?」




数週間前に引っ越してきたという、年が2つだけ上の少女。
周辺に同年代がうちの兄弟くらいしかいないという理由で、しょっちゅうこの家にも上がり込んでいた。

女の子が家に来たということで兄弟みんな揃ってバカ騒ぎ。でも自分はそういうのが好きじゃないのでいつも避けるように部屋の隅にいる。
それなのにその留衣とかいう女ときたら、なぜかこちらに向かってくるのだ。構うなら構って欲しいオーラを出しまくっているおそ松兄さんや十四松に構えばいいのに、なぜかこの頃は毎回こちらを目指してやってくる。

「こっち来んな」と視線で訴えているつもりだが、効かないのか気付かないのか、今のところ全部無視。




『いいじゃん別に。駄目?』


「……おそ松兄さんにしなよ。見るからに放置されてんじゃん」


『わたしは一松と話したいの。一松って甘いもの好き?』




「美味しそうだったから買ってきちゃったんだよね」と手持ちのカバンからチョコレートを取り出した留衣。
大抵の人間は睨めば一発で逃げてくのに、こいつは全然怯む気配すらしない。

チョコの包みを見せるようにこちらに差し出してきた留衣は「一緒に食べよう」と言いながらニコニコしてくる。
睨んでも当然のように無視。なんなの。返事をしなかったら今度はチョコを目の前でちらちらと上下させる。


ああもう、本当にうざい。毎回毎回。
こっちの気も知らないで。




『十四松からね、一松は甘いものが好きだって聞いて…』


「…っうるせえな!!構うなって言ってんだろ!!」


『!』




――パシン!

差し出された手を払い除けたら思っていたよりも力が強く入っていて、留衣が手に持っていたチョコレートが飛んで床に転がった。




「おいコラ、一松!!」


「……あ、…」


『……。
ううん、ごめんね。わたしが悪かった』




チョロ松兄さんが怒鳴るのを留衣が制止する。彼女は黙って飛んでいったチョコレートを拾い上げると、それをカバンにしまい直して立ち上がった。




『十四松!野球行こ!』


「ほんとー!?行く行くー!!!」




何事もなかったかのように笑って、留衣が十四松の肩を叩いた。さっきからずっと遊んでもらいたそうにしていた十四松がパッと顔を明るくして飛び跳ねる。

――そうだよ、俺に構ってる暇なんてないじゃん。留衣に構ってもらいたいやつなんて、他にもたくさんいるんだから。
玄関へと向かっていくその背中に毒を吐きながら、黙ってその場で膝を抱えた。




「一松、謝ってこい」


「……、は?」


「今のはお前が悪い。留衣ちゃんがお前と仲良くしようと頑張ってるの、分かってないわけじゃないだろ」


「誰がいつ頼んだの?別に俺は仲良くしたくないし。迷惑なんだけど」


「嘘つけ、お前がいっつも羨ましそうに見てるからわざわざ留衣ちゃんから……」


「は?そんな訳無いじゃん、勘違いも甚だしいね」




こちらを睨みつけてくるチョロ松兄さんは全面的に留衣の味方をするらしい。

自分が悪いのだろうか。
向こうが勝手に寄ってきて、ちょっかい出してきて、ムカついたからキレただけ。先に寄ってきた向こうが悪いんじゃないだろうか?

「俺悪くないでしょ」と返事をしたら今度はおそ松兄さんが「今のはお前だな」と言ってきて、なぜだか余計に分が悪くなる。兄二人はとりあえず謝るだけ謝って来いと自分を家から追い出した。




「…チッ……。何だよめんどくせぇ…」




今頃十四松の素振り見学でもしてるんだろう。となると大体の居場所は予測できるが、足取りは重い。
女ってだけで味方を増やしやがる。謝るまであの二人は納得してくれないだろうし、面倒ったらありゃしない。

そりゃあ、イライラしてた分を八つ当たりした感じは確かに否めないけど。
それでも十割全部自分が悪いかと言われたら違う気がする。いや、確かにあの時はちょっと力強かったけど。女相手にあれはやりすぎたとは思ったけど。




「(………、頭痛い…)」




道路を歩いているうちに気付いたこと。普段よりも体が重い。
気のせいかと思ったがだんだんと頭も痛み出して、少しやばいかななんて思い始める。
あの女にさっさと謝るだけ謝って家に帰って寝よう、それだけを考えながら足を引きずる。


――あれ、これマジでやばい?

次第に揺れ始めた視界と遠くなっていく周りの音に、冗談抜きで体がSOSを訴えているのを感じた。




『一松!?』




聞き覚えのある声に顔を上げたら、探していた人物が視界に入った。
ちょうど良かった、ごめんって一言だけ言って、そしたら帰って寝よう。


意識があったのはそこまでだった。








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