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――
「……ん…?」
次に目を覚ました時には、薄暗い部屋のベッドで寝ていた。
見覚えのない部屋に慌てて起き上がって辺りを見渡す。
『起きた?でもまだ寝てた方がいいよ』
「!」
部屋に入ってきたのは留衣。パチリと部屋の明かりがついて視界がクリアになる。周りの家具や雰囲気から、ここが留衣の部屋なんだと分かった。
同時に、自分のおでこに貼られていた冷却シートにも気付く。
『すごい熱。少し落ち着いたら医者に行った方がいいよ。お母さんには連絡しといたから』
「……!」
冷えた水の入ったグラスを手に持たされて、その間にタオルで汗を拭かれる。
かなり頭がぼうっとして、体も熱い。寒気もする。すごい熱、という言葉でこの体調の悪さに納得がいった。
『目の前で倒れたからびっくりした。でもわたしがタイミング良く通りがかったから良かったよ』
「……アンタが運んだの?」
『うん。頑張った!』
近くにあった椅子に座った彼女は、状況をざっくり説明してくれた。
十四松との野球が終わって帰宅途中、偶然あの場に居合わせたらしい。
文字通り自分は“目の前で倒れた”らしく、自宅と近かったのでなんとか引きずって運び込み、今に至る。
母さんには目を覚ましたらまた連絡すると言ってあるらしい。
『何か食べたいものとかある?まあうちに大したものはないから、買ってくることになると思うけど』
「……」
『市販薬はあるんだけど、下手に飲んでもね〜…医者に行って診てもらった方が確実だし…』
相変わらず返事をしようがしまいがベラベラ話す留衣は、ついさっきのことを覚えているのだろうか。
こっちばっかり気まずいみたいでなんだか馬鹿馬鹿しくなってくる。
「…なんで留衣はさ、」
『?』
「こんな奴に優しいわけ?」
水を飲み終えてからまたベッドに潜り込む。
布団から香水の匂いみたいな、薄甘い香りがした。
自分が今まで留衣にしたことは何だろう。愛想のない返事、愛想のないカオ。愛想笑いすらしたことがない。
それに対して留衣は、暇さえあれば話しかけてくるし、お菓子を分けようとするし、倒れたら部屋まで運び込んで看病。
自分が言えることではないが、とても釣り合ってはいないと思う。
留衣の人が良いことは見ていれば分かる。
おそ松兄さんのダル絡みにはなんだかんだ言いながら最後まで付き合ってるし、カラ松がいくら痛い発言をしようが笑って相槌を打つし、チョロ松兄さんのアイドル語りにも興味を示して自分からいろいろ勉強するし、十四松の野球にも付き合うし、トド松の面倒見もいいし。
楽しそうなみんなを見て改めて、この人達は自分とは違うと感じる。
だからこそ、本当は話してみたいと思っても毎回突っぱねる。というか、自然とそうなってしまうのだ。
「留衣はお人好しみたいだけど、こんな奴、どうせいつか話したいとも思わなくなるよ」
友達なんて要らない。だって、作ったって離れて行くから。いなくなるから。
どうせみんな、こんな奴置いて他の人間とどっかに行くんだ。今までがそうだったから、これからもそう。
さっき留衣にしたようなことだってこれから何回でも繰り返すだろう。
これから何回でも思ってもないことを口にして、留衣を傷付けるだろう。
こんなゴミ、いくらお人好しでも優しくても、いつか愛想を尽かして当然なんだから。
分かってるからわざわざ遠ざけようとしてるのに、わざわざ踏み込んでくる留衣にイライラした。
近付かれることを心のどこかで嬉しがってる自分がいるから、それを振り払おうと必死だった。
期待しちゃダメだ。こいつだって今までの人間と変わらない。
『…一松がなんで自分のことゴミ扱いしてるのかは知らないけど、わたしは別に一松のことそんな風には思わないよ』
「!」
『一松に絡みに行くのは、一松と仲良くなりたいから。おそ松とか十四松がわたしと遊びたがってるのに気付いてない訳じゃないよ。でもわたしは一松と仲良くなりたいから…他の人は悪いけど、後回し』
「……なんでそんなに僕のことを優先するわけ」
『一松の笑った顔、見てみたいから』
「…、は?」
訳のわからない返事をしてきた留衣に思わず振り向く。目が合って、そいつはニコリと笑った。
『一松、ほとんど笑わないじゃん。猫と一緒にいるときは気持ち楽しそうにしてるけど。
だから何すれば喜んでくれるのかなーって思って、一番仲の良さそうな十四松に聞いたら甘いもの好きだよって言われてさ』
視線を外したそいつは、グラスに水を注いで僕の近くに置いた。
ここで初めて、あのチョコレートは自分のために用意してくれたんだと知った。
『でも一松が本気で嫌がってるならもうやめるよ。わたしは一松と仲良くなりたいけど、一松が嫌なら、わたしは諦める』
「いい機会だから答え聞いとくね」。
目を細めた留衣はどこか苦しそうに笑った。その顔を見たら胸の奥がずきりと痛んで、でもそれは熱が高いからってことにしておく。
嫌だったかどうか。その答えははっきりしているつもりだ。
留衣の気持ちが嬉しくなかったわけじゃない。気にかけてくれることが嬉しくなかったわけじゃない。
自分の気持ちに、気付いていないわけでもない。
――お前がいっつも羨ましそうに見てるから、
「…嫌……な、わけじゃ…ない」
『うん』
「本当は………嬉しかった…けど、留衣と仲良くなるのは、こわい」
『どうして?』
「…どうせ嫌われる……」
『じゃあそれはないとして』
「…留衣は僕といても楽しくないだろうし」
『それは一松が決めることじゃないでしょ』
「……留衣は僕と仲良くなりたいの?」
『なりたい。良かった、とりあえず嫌なわけじゃないんだね!』
ぼそぼそと答えたけどちゃんと聞き取ってくれたようで、留衣は笑顔でこちらに向く。
嬉しさを貼り付けたみたいな顔をするから、胸の奥がギュッと締め付けられた。
返事を聞いて満足したらしい留衣は、「じゃあお母さんが来るまで寝てて」と立ち上がろうとする。
その服の袖を反射的に掴んだ。
『?』
「…何かあったとき呼ぶの面倒だから……ここにいて」
留衣は首を傾げながらも、僕の筋の通っているような通っていないような言い分に頷いて椅子に座り直した。
袖を握ったままでいたら、また留衣は首を傾げる。
「…留衣、」
『なに?』
「………さっきは、ごめん…」
小さくて掠れた声だったけど、留衣が笑ったから聞こえたんだと思う。
襲ってきた睡魔に任せて目を瞑る。
薄れる意識の中で、「別にいいよ」という柔らかい声と、僕の目元を拭った留衣の細い指を感じた。
――
「…、ん?」
いつに間にか眠ってしまったようで、目を覚ました頃にはもう外は夕焼けでオレンジ色だった。
「留衣?」
もたれていた頭を起こすと、隣には目を閉じている留衣がいた。
どうやら自分が寝ている間に彼女も寝てしまったらしい。
あくびをして目をこすっていると、視線の先でトド松が「ずるいよねえ」と頬杖をしてこちらを見てくる。
「ボクも留衣と一緒にお昼寝したかったぁ〜。ま、留衣の寝顔写真はゲットしたけど」
「トド松、それ後で印刷して俺にくんない?」
「ヤダよ〜、なんか悪用されそうだもん」
「……もう少し寝る」
「え!? まだ寝んの!? 留衣そろそろ帰る時間だと思うけど!?」
すぐ横で聞こえる寝息に、まだこのままでいたいと思う自分がいる。
友達は要らないと未だに思ってはいるけど、じゃあ留衣が友達じゃないかと言われればそれは違うし、でもやっぱり友達は要らない気がするし。
友達が要らないというよりかは、留衣がいるから他に友達は要らない、の方がしっくりくる。
「(友達は要らない、おれに必要なのは留衣)」
起きる気配のない留衣の手に自分の手を重ねる。
思えばあの時から、君のことが好きだった。
自分が成り立つ絶対条件
(一松兄さんさあ……初期より人前で堂々とイチャつくようになったよね…)
(喧嘩売ってるようにしか見えねぇな)
(喧嘩!? 喧嘩すんの!? ハッスル!!?)
END.
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