先を越されました






「留衣、今日もかわいいー!」


『…どうも』




駅前のスタバァの前で待ち合わせ。ここのとこ、僕がちょくちょく一緒に出かけているのは近所に越してきた留衣。

一目見たときから絶対に落とそうと思った。僕よりも少し背が低くて、化粧も濃過ぎなくて、服も派手じゃなくて好みで。
しかも話してみたらフレンドリーだし優しいし、きつい性格をしているわけでもないし、人も良さそうだし。
これで彼氏がいないって言うんだからビックリ。理由を聞いたら「そういうの要らないし募集してないから」とバッサリ斬られちゃったけど、そんなことでめげる僕でもない。


留衣の好きそうなものを買い物中の彼女を観察して分析して、いろんなとこを見て回りながら彼女の好きそうな場所を探して。
褒めたら笑ってくれるから服やアクセサリーや性格を褒めて、でも褒めちぎってもウソ臭くなっちゃうからある程度で控えて。
「彼氏なんて要らない」と言った彼女の気持ちを僕に振り向かせるためにできることはしてるつもり。


でもどうしてだか、




「留衣、今日は何食べたい?」


『トド松が好きなお店に入ろう』


「次はどこに行こうか?」


『トド松が行きたい所でいいよ』




毎回上手い具合にかわされている。最近は特にそうだ。

留衣優先で事を進めているつもりが、最終的に僕優先になっていることも多い。
女友達は多いから女の子のことは大体把握しているのに、留衣は少し違うタイプらしくて思うようにいかない。
いつもだったらもう落とせてる頃なんだけどなぁ。

その上彼女は兄さん達とも仲良くなり始めているからうかうかしている暇もない。なんとか自分が一番乗りで彼女を落とさないと。




「ねえ留衣、これすっごくかわいい!留衣絶対似合う!」


『ほんとだ、かわいいね』


「僕が買ってあげる!」




今日は二人でショッピング。

女の子相手ならほぼ間違いなく外さない「プレゼント作戦」。今まで何度実行してきたことか。
上辺だけの「かわいいね」は見抜けるから、僕が今手に取った帽子は留衣が貰っても有難迷惑だと感じないものであることは分かっている。買ってあげたら喜んでもらえるはず。

早速レジに持っていこうとしたら、留衣に「待って」と止められた。




「…?どうしたの?」


『いいよ。わたしが出すから』


「遠慮してるの?へーきへーき!これくらい僕が…」


『いいから』




手に持っていた帽子を留衣に取り上げられる。やばい、もしかして勘が外れちゃったかな。
謝ろうと思って振り向いたら、留衣が困ったように笑っていた。




『気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でもトド松、無理しなくていいからね』


「無理なんかしてないよ?お金なら……」


『パチンコで稼いだって?ここんとこ、わたしに結構注ぎ込んでるでしょ。ギリギリで生きてない?』


「ぎ、ギリギリじゃないよ…?」




まるで財布事情を知っているかのような留衣に焦る。どこでばれたんだろう、次で一発当てないとやばいって。
余裕ない男ほどかっこ悪いものはないから、隠していたつもりなんだけど。




『わたしトド松とは一緒にいれればそれでいいんだから。無理する必要はないよ。
夕飯はわたしが奢るから、トド松の好きなもの食べに行こうね』




にっこり笑った留衣は、帽子を商品棚に戻して僕の腕を引いた。
ここで普段なら女の子が次のプレゼントを物欲しそうに見つめるところなのに、留衣は違った。

落とすことだけに必死な僕とは違って留衣はずいぶんと大人で、恋愛感情とは違うと思うけど、留衣が僕のことを大切にしてくれてることはよく分かった。
かわいい女の子を手に入れたいだけという下心丸出しな自分がここにきて恥ずかしくなったと同時に、僕を僕として大切にしてくれる彼女に胸の奥がきゅんと鳴る。




「……優しいね、留衣は」


『トド松が優しいからねえ』


「またそういうこと言う…」




へらへら笑う留衣を見てたら顔が熱くなって目を逸らした。
結局その日も留衣を落とす決定打は見つけられなくて、いつもみたいに収穫なしで家に帰った。




――




「どーしたら落とせるかなぁ」




兄弟が出払った家で大きな独り言。
今頃留衣は一松兄さんと猫でも撫でてるんだろうなぁ。留衣、いつの間にか一松兄さんとも仲良くなっちゃったし。
あの人が敵に回るなんてまずないだろうと考えてたけど実際そうでもないみたいだし、やっぱりあとは時間の問題な気がする。僕が早く落とさなきゃ。




「(お金でも釣れないんじゃなぁ…。どうしよ……)」




女の子は素直だから、お金がない男は基本的にまずいと経験上分かっている。割り勘なんて論外だ。
兄さん達と差をつけるとしたらまずは金銭面だと思ったんだけど、貢ぎ過ぎたら向こうに心配されて余計な気を遣わすことが前回判明してしまった。
つまり、この手の作戦は頻繁には使うべきじゃない。




「(留衣って世話焼くの好きそうだから甘えてみる?でもそれじゃ絶対彼氏候補から外れちゃうよぉー…)」




十四松兄さんを可愛がってるのを見ている感じだと彼女は可愛い子が好きなんだろうけど、それだとただただ「可愛い」という枠に収まってしまうだけで、異性として見てもらえなくなる可能性が高い。それは避けたい。
僕は留衣とデートしたり手を繋いだりしたいわけだから。




「(こうなったら今度お茶に誘って直接好みのタイプを聞くしかー……)」




――って、あれ?




「僕、なんでこんなに本気になってるわけ…?」




思わず考えていたことが口から溢れる。


今回も友達以上恋人未満な女の子が欲しいだけじゃなかったっけ。寂しくなったらデートしてくれるような、可愛い女の子が欲しいだけじゃなかったっけ。
兄さん達に近所の可愛い子を取られたくないから、とりあえずキープしておこうって予定じゃなかったっけ。
なのにここ最近、留衣のことばっかり考えてる?女の子の友達なら他にもたくさんいるのに。

なかなか落とせないから?
それが気に食わないの?
意地?プライド?


ううん、そんなんじゃない。




「……やられたぁ…」




頭を抱えてテーブルに項垂れたら、玄関の方から「ただいま」と声がした。






先を越されました


(あああ悔しいぃいい…落とそうと思ってたのにいつの間にか僕が落とされてるう……)
(どうしたのトド松ー?)
(十四松兄さんおかえり。見てよこの写メ留衣かわいくない!!?)
(かわいいけどなんでそんなキレてんのー?)





END.





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