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クリスマス。
それはイルミネーションで彩られた町中を歩くクソみたいなリア充共を見て歩き、クソみたいな兄弟とクソみたいなプレゼント交換をし、特に楽しいことなど何もないクソみたいなクソ行事である。

いや、数年前まではそうだった。
これは今から3年ほど前の話である。




――




「あああああ!!何で俺には彼女ができないんだよぉおおお!!」


「いや無理だろ。ニートなんだから」


「てか留衣は〜?」


「学校。これでそれ聞くの5回目だよおそ松兄さん」




クリスマスの日は毎年、トト子ちゃんに土下座をしてデートに誘うも断られ、諦めて兄弟だけでプレゼント交換(AV交換)をし、チビ太のところに飲みに来る。
来年こそ彼女と過ごすと言ってもう何年経ったんだか。

近辺に女の子といえばトト子ちゃんしかいなかったけど、今年の春に引っ越してきた留衣ちゃんが加わった。
でも彼女は大学に行っていて忙しく、今日も授業だと聞いていた。


はあ、と六人の溜息が重なる。
何でクリスマスなんて行事が定着してるんだこの国は。クソ。




「もうやだぁ〜…リア充みんな死ね……」


「チビ太、おでんおかわり!」


「お前ら金持ってんのか?」


「……あれ、電話鳴ってない?チョロ松兄さん?」


「ん?あ、ほんとだ」




兄弟の声に交じる着信音に気付いて、ポケットの中にあったスマホを取り出す。
母さんかな、と画面を見たら並んでいた文字列に動揺した。




「留衣ちゃん!!?」


「「「なんだと!?」」」




余りにも驚いたのでつい口に出してしまった。二つ隣にいたおそ松兄さんが物凄い顔と勢いで振り向き、反対側の隣にいた一松が無言でこちらを睨みつける。残りの兄弟もこちらを向き、チビ太もおでんを皿に盛りながら視線だけ寄越した。

留衣ちゃんに出会ってから半年ちょっと、電話が来たのなんて初めてだった。
動揺を隠しきれない中、震える指で通話ボタンを押す。




「もっ…もしもし?」


《こんばんは、ごめんね急に。今みんなといる?》




声だけでも挙動不審極まりない自分を気にする様子のない留衣ちゃんの声がスマホから漏れる。兄弟が一人残らず聞き耳を立てる中、電波越しにされる会話は夜の静けさも相まってその場に響いた。




《さっき家に行ったら、みんな飲みに出かけたってお母さんから聞いてさ。今暇だったりする?》


「う、うんっメチャメチャ暇だけど…?」


《じゃあそっち行っていい?どこにいんの?》




特に用件を言うわけでもなく、居場所を聞かれて答えたら「今から行くね」とだけ言われて電話が切れた。
通話終了の画面を見せながら兄弟の方へ向き直る。




「今から留衣ちゃん…こっち来るって……」


「「「ミラクルーーーーッ!!!」」」




ガッツポーズをして歓声を上げて喜ぶ兄弟。まさに奇跡。
向こうからわざわざ来てくれるなんて期待しかできない。喜びのあまり十四松がコップを倒して水をぶちまけた。



そわそわ。

いつ来るんだろうと周りをキョロキョロしても、のれんのせいで外は見えない。
そのまま10分程経過した頃、次第に近付いてきたヒールがコンクリートを叩く音に心臓がバクバクと音を鳴らす。




『こんばーんは』


「「「(女神キター!!!)」」」




のれんをめくって、おそ松兄さんの隣から現れた留衣ちゃん。
その姿に思わず全員がズザザッと後退る。




「(て、天使!天使きた!天使舞い降りた!!)」


「(うお!ミニスカ!ナイスチョイス!!)」


「いらっしゃい!留衣ってもしかしていつもお前らが話してる子か?」


「「「!!!」」」




「席どうするか」と僕らが占領している屋台の椅子を眺めつつチビ太が言った言葉に、留衣ちゃんが反応する。
この店の常連である僕ら兄弟は、ちょくちょくチビ太の前でも留衣ちゃんの話をしていた。その内容が内容だけに、さらりとバラしたチビ太に殺意が芽生える。

「今日見かけた留衣ちゃんの話」とか、本人が聞いたらそれこそドン引きに決まってんだろ。嫌われたらどうしてくれるんだ。




『わたしの話?』


「(まずい…!!)」


「おう。こいつらがよ、いっつも留衣可愛いって言ってたから気になってたんだ!
実物は想像以上だなァ」


『そ、そうなんですか?お恥ずかしい…』


「「「(エンジェル…ッ!!)」」」




チビ太も空気を読んでくれたのか、うまい具合に話をぼかして伝えてくれた。聞いた留衣ちゃんは目を泳がせて顔を赤くする。
普段あんまり照れないから、その仕草がめちゃくちゃ可愛かった。




『でー…本題なんだけど。暇だったらさ、帰りがけにケーキ買ってうちで食べない?』


「「「えっ」」」


『クリスマスだしケーキ食べたいなーって思ったんだけど、こっちに家族いるわけでもないし、一人で食べるのも寂しいから、良かったら一緒に……』




頬を掻く留衣ちゃんを六人揃って凝視して、数秒の間。




「行くー!!行く行く絶っっっ対行く!!!」


「今から行こうそうしよう!!チビ太、ツケといて!!」


「は!?今日は金持ってんじゃねえのか!?」


「…今それどころじゃない」


「留衣の家ー!!」




一斉に立ち上がっておでん屋を出る。さあ行こうと一松が留衣ちゃんを引っ張ったが、なぜか彼女はその場から動かなかった。




『…無銭飲食?』


「あー、それは大丈夫。チビ太にはツケてもらえるから!」


「ふざけんな!!そう言ってお前らいつになったら返すんだよバーロー!!」


「平気だよ留衣。早くケーキ…」


『チビ太さん、いくらですか?』


「ん?えーっと…」


「「「?」」」




ぐいぐい手を引っ張る一松を制止してチビ太にお金の計算をさせる留衣ちゃん。チビ太が「2482円」と電卓を弾いた。




『じゃあこれで。お待たせ、行こうか』


「えっ?」




財布から千円札を3枚取り出してそれを机に置き、颯爽とおでん屋を後にした留衣ちゃん。
「お釣り!」と言って慌てるチビ太に「ツケから引いといてください」と手をひらりと振った留衣ちゃんは、その場の誰から見ても凄まじくかっこよかった。
留衣ちゃんのイケメン伝説の始まりである。


兄弟全員でその姿に思わず固まっていたら、こちらを振り向いた留衣ちゃんが「早くしないとケーキなくなるよ」と呼んでくる。
それを慌てて追いかける僕達は、相変わらずどこまでもかっこよくなかった。






メリークリスマス・1st 1


(何あの彼氏力…?)
(留衣かっこよすぎ…抱かれたい……)





END.







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