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「ふあ……ん」




不意に感じた眩しさで目が覚める。久しぶりによく寝た。
慣れない触り心地の布団の感触に、そういえば今自分の家にはいないんだと思い出す。


ああ、夢じゃなかった。




「(乃亜いない……)」




同時に、昨日抱きしめて寝た乃亜がいないことにも気付く。
なんとなく感じた、寂しさと空しさ。
あの日、抱きしめていたイーブイがいつの間にかいなかったのを思い出した。

時計を見る。
10時……本来ならとっくにジムにいる時間。
挑戦者を待っている頃だろうか。



よく寝たはずなのに若干だるさを感じる体を起こし、階段を下りる。
どうやら誰もいないようだ。

リビングのテーブルの上にあったメモ用紙程度の紙を手に取る。



“翠へ。
学校に行ってきます。
朝と昼は置いてあるやつ食べてね!
多分夕方に帰るよ。
暇つぶし用にゲーム置いてくね、セーブしなければ何でもやっていいよ。
データ消したり以外は適当にいじって大丈夫だから。
乃亜”




「学校かー…すぐ帰って来るかな」




昨日見た乃亜の字と同じだ、と当たり前のことを思いつつ手紙を元の位置に戻して椅子に座る。




「いただきます」




朝ごはん用に置いてあるパンを頬張る。
乃亜のお母さんが作ったものだろうか。

お昼はチャーハン。
レンジで温めてね、と皿の横にあった別の紙に書いてあった。


いつもなら、姉と二人。
じいちゃんは研究所にいるから、実質二人暮らしみたいなものだ。
一人で過ごすのはいつぶりだろうか。




「ゲーム、やってみるか…」




パンを平らげて椅子からソファーに移動。
ちらりと時計を見れば10時半。まだ大して時間が過ぎていない。
特にやることもないし、置いてあったゲームを立ち上げる。
似たようなのはオレの家にもあったし、操作方法は大体分かる。

ポケットモンスターソウルシルバー…乃亜が最初にオレに見せたゲーム画面は、確かこのゲームだった気がする。




「(ポケギア、オレに連絡できるんだけど…)」




適当にいじって開いたポケギア画面。
名前の一覧によく知っているジムリーダーたちの名前があった。
その中にオレが混じっていた。じいちゃんの名前もある。


複雑な気持ちになりつつ、とりあえず連絡してみる。




“もしもし……
ああ しんぱいすんな オレは げんきに してるよ
ヤマブキの かくとうどうじょうで まってるからな
やくそく したぜー!”




「ヤマブキの格闘道場?
…行ってみるか」




ゲームの中のオレは格闘道場にいるらしい。
手持ちの鳥ポケモンを選択する。
そらをとぶ、でヤマブキへ。


ゲーム画面といえど、よく知る町。
マップは大雑把なものしかなかったが、頭の中に大体入っている。
感覚で格闘道場に向かい、中に入った。




「(なにこれ、いっぱいいるんだけど…)」




どういうわけか、ジムリーダーがたくさん集まっている。
多分、ゲームの中のオレの台詞からして呼び出せるシステムなんだろう。
リーダーのいないジムでは何をやっているんだろう、とも思ったが実際オレがよく抜けていたので何も言えない。

主人公である女の子、乃亜の分身を操作して自分に勝負を仕掛ける。



“よーし!
おれに たおされに きたな!”



…なにこれ。
客観的に見るとなかなかのものだ。
自信過剰なのはオレの性格上仕方ないけど、こう見ると結構インパクトがある。

乃亜はもうクリアしているようで、手持ちのレベルはかなり高い。
あっさり勝利して、バトルが終了する。
さっきの強気な台詞を吐いた自分が惨めだが、ゲームならこんなものか。




「………」




全部を通して、台詞は一度は言ったことあるような気がする。
一通り終わったので、そのまま電源を落とした。


他にもう一つ置いてあったファイアーレッドというカセットを立ち上げてみたが、序盤で嫌な予感がした。
主人公……これ、レッドだ。見た目も名前も。

ということは。
なんとなく思い出したくない思い出が出てきて、何もせずに電源を落とした。
多分これ、オレがチャンピオン務めてたときのだ。




「(やめよう…)」




静かにゲーム機を閉じてテーブルに置く。




「…はあ」




ソファーにごろんと寝転がる。
ほんとならジムの合間に手持ちポケモンの手入れをするところだけど、ボールが反応してくれない。
やることがない。

オレのため息以外に聞こえるのは、外の鳥の声と時計の音くらい。
ピジョット、ボールに入れた覚えがないけど大丈夫だろうか。
そういう意味だと、イーブイも多分今持ってるボールには入っていないと思う。
逆にボールに入っているであろうポケモンもしばらく外に出せなさそうだが、大丈夫だろうか。



一人静かにしていると、どうしても考え事をしだしてしまう。
オレらしくもなく、ネガティブな方向で。

ここに来てから、極端に一人が嫌になった気がする。
いつもなら自分からジム抜けて一人になっていたくらいなのに。
ポケモンがいたからだろうか。




「…乃亜……っ」




ソファーの上で丸まる。
一日弱一緒に過ごしただけなのに、乃亜が恋しかった。
こっちで頼れるのが乃亜しかいなくて。



早く帰って来いよ。

気がつけば、乃亜の帰宅時間の事ばかり気にしていた。









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