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「乃亜ー!」
『おお…っと』
授業が終わり、帰りのHRと掃除を済ませて旦那と昼ごはんを食べた場所に集合する。
私がメールで呼び出したのだ。
昼と同じように抱きつかれてバランスを崩す。
が、慣れていることなので転ぶような事はない。
「で、話ってなーに?」
『……この人のことなんだけど…。
ちょっと隅のほうに移動していい?』
「いいよー」
この人、と隣に居たグリーンを指差す。
グリーンは旦那を認識し、昼と同じ人だと思いフードを被っていた。
人がいない隅のほうの席を見つけて三人で座る。
向かいに旦那、隣にグリーン。
くる、とグリーンの方を振り返る。
『フード、とっていいよ』
「え、でも」
『いいから、旦那相手に秘密にするわけにもいかないし』
「そーそー、嫁と旦那の間で隠し事とかなしだし」
「………。じゃあ…」
不安混じりの声。
いいから、と言えばゆっくりとグリーンがフードを外した。
改めて顔を見て、旦那が驚く。
「…え?グリーン?…に似てない?」
『というか、』
「グリーン…です……」
「はあ!?
え、本気で言ってる?ガチ?」
『ガチ』
「まじか…」
予想通りの反応。
私が旦那相手に嘘をつくことはないのは、旦那も知ってると思う。
そもそも私、嘘をつくのが下手だ。
まじまじとグリーンを見た後、旦那はなんとなく納得したように頷いた。
「…言われてみれば、男嫌いの乃亜が一緒にいるような人間だもんねえ…。
親戚とか以外だったら………グリーンなら頷ける」
「え?乃亜、男嫌いだったのか?」
『……まあね』
「乃亜は仲良い人の間なら男嫌いで有名よ、じゃなかったら彼氏いないのおかしいもん。
ていうか、じゃあなにこれ逆トリップ?
乃亜がグリーン好きすぎて召喚しちゃったとか?」
「…え?」
『ちょっ、旦那!』
「……まじなんだ?乃亜かわいー!
いいなー、私も誰か召喚したいわ。今度やり方教えてよ」
『知らないよ、気付いたら家に居たんだから』
「あ、そういう感じ?
それにしてもグリーンか、ふうん……兄さんじゃないんだ」
『兄さん呼び出せたら私今死んでるって、見た瞬間死ぬって』
「乃亜なら仕方ない、じゃあ私後追うわ」
『追っちゃだめでしょー』
アハハ、といつの間にかグリーンを置いてけぼりにしつつ会話する。
ちなみに“兄さん”というのはグリーンと同じく二次元の人物、私が神扱いしてる人。
好きすぎて神格化している。
周りに人がいないことを確認して、声のボリュームを少し上げた。
『グリーンと学校来るにあたって、めんどくさくないように恋人設定にしようってなったんだけどさ』
「…あー…。一緒にいるのにはそっちの方が都合いいかもね、言い訳はできる気がする。
どうせすでに周りの人から何か言われてるでしょ?言われてなくてもそう見られてると思うし。
まー、でもグリーン出てきたところで乃亜はあげないわ」
「な、」
「だって私のお嫁さんだし?
ねー乃亜」
ぎゅー、と机を挟んだ状態で再び抱き締められる。
グリーンの顔が引きつった、…気がする。
一応言っておくが、“親友”である。
それ以上でもそれ以下でもなく。
高校に来てからできた友達だけど、ずっと前からそうだったみたいに仲がいい。
『ありがと旦那、また詳しい事はメールで。とりあえず旦那には話しておいていいかと思ってさ。
…そろそろ、帰ろうか』
「そうだねー!
駅まで送るよ、グリーンもついでに」
「ついでってなんだよ」
席から立ち上がり、荷物を持つ。
そこまで長い距離ではないが、旦那とは駅まで一緒に帰ることが多い。
そこから私は電車、旦那は自転車。
三人並んで歩く。
私が真ん中、右にグリーン、左に旦那。
初めての組み合わせなのに、なんとなく昔から一緒みたいな感じに思えた。
「乃亜、荷物かごに乗せな」
『ありがとー』
「グリーンは……荷物持ってないのね」
『まあね、お金は私が管理してるし、他のも全部かばんに入る程度のだし』
「彼氏なら荷物ぐらい持つのが普通じゃないー?」
「え、あ…」
『あはは、私が断ってるだけだし』
「でも普通持つでしょ、仮にも彼氏設定なんだし?
まあ旦那の私には勝てないだろうけど?」
「……う」
『あくまでも設定でしょ、旦那の前でまで嘘ついてる必要はないし』
「まーね!それもそうか、所詮一緒にいるための言い訳だしね。
…あ、グリーンが凹んでる」
『え』
いつの間にか隣でしゅんとするグリーン。
旦那との会話で気付かなかった。
今日一日ほとんど喋ってない気がする。
授業など喋れない状況が多かったから仕方ないのだが、帰り道くらい喋っても。
旦那から言われたのが意外とダメージが大きかったみたいで、視線は下の方。
別に本気じゃないだろうし、気にする事もないのに。
“恋人のふり、無理やりやるわけじゃないから”
いつだか言っていたあれは、恋人のふりはさほど嫌じゃないということだろうか。
そう解釈しても仕方ない台詞だと、少なくとも私は思っている。
「…!」
嫌がられなければいいけど。
そう思って、グリーンの腕をとった。
…のはいいけど、顔を合わせられなくて前を向く。
ふ、とグリーンが笑ったのを、私は知らない。
「じゃ、私はこっちだから!
グリーン、乃亜に変なことしたらぶっとばすからね!
乃亜も何かされたらすぐ言ってよ」
「別にしねえし……。
それと、旦那とか言ったけど」
「ん?」
「オレ、…乃亜の彼氏だからな!
ま、負けねえし…」
『…!』
グリーンがぼそぼそと旦那に向かって言う。
予想外の言葉に顔が熱くなった。
それを聞いた旦那がふうん、と笑う。
「私に乃亜関係で喧嘩売るとかいい度胸してるじゃん。
多分勝てないと思うけど、頑張って?」
「だ、だから負けねえって…!」
『ちょっとグリーン、何むきになってるの…』
「あはは、やっぱ面白いね、グリーンいじるの!
ずいぶん懐いてるじゃん、乃亜に」
『私は何もしてないけど』
「…そうは見えないけどね?
ま、何かあったら私に言いなさい!じゃあね乃亜、グリーン」
『じゃあね!』
電車の時間が迫っているのを確認した旦那が会話を終わらせる。
駅の前で手を振って別れた。
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