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おまけ(長い)
『ふー、終わった』
「お疲れ!」
乃亜の宿題が終わるのを隣で待っていた。
オレの予想より早く終わって、構ってくれると思ってソファーに座った乃亜の隣に腰を下ろす。
なんとなく、さっきの会話の延長で聞いてみた。
別になんてことない、軽い気持ちだった。
「なーなー、乃亜の言ってた“兄さん”って誰?」
ただの好奇心。
会話するためのネタ、それだけだったのに。
『兄さん?ああ……私の好きな人だけど』
さらっと言いのける乃亜の言葉がオレに深く突き刺さる。
軽く聞いたから軽く返ってきた、当たり前のことなのに。
好きな人?乃亜の?
「…どういう意味で?」
『……いろんな意味で?』
「………」
疑問形で返されたそれは、意味深だった。
いろんな、意味?
…乃亜、その人のこと好きなんだ。
顔も名前も何も知らないけど。その人のこと、結構本気で。
なんとなく、口調と表情で分かった。
無意識に顔を歪めていたオレに、乃亜が首を傾げつつ口を開く。
『……一応言っておくけど、二次元よ?』
「オレだって元は二次元だろ」
『そうだけど…』
「じゃあ乃亜、もしその“兄さん”とオレが同時に現れたらどっちを選ぶんだ?」
『え?うーん………』
「……」
答えを考え出す乃亜に、オレの中で何かが崩れた気がした。
今の質問、勝手に即答でオレを選んでくれると思っていた。
乃亜の「好きだよ」を聞いたばっかりだったから、余計に。
自惚れてた。
『グリーン?』
「………」
『グリーンってば』
「…乃亜、実はあんまオレのこと好きじゃないだろ」
『好きだってば』
「兄さんの方が好きなんだろ」
『兄さんは好きだけど…』
「………」
乃亜の中での“兄さん”の存在は大きいらしい。
「分かってない」、さっき乃亜に言われた台詞。
確かにオレは乃亜のことを全然分かってないと思い知らされた。
だから旦那さん、あんなに余裕なんだ。
オレなんかよりずっと乃亜のこと知ってるから。
まだちょっとしか乃亜と過ごしてないってこと、きっと見通してたんだ。
確かに乃亜はオレのことを好きでいてくれるのかもしれないけど、兄さんと比べたら大したことないらしい。
ここ数日、べたべたしてたオレがばかみたいだ。
なんか急に寂しくなって、乃亜から顔をそらした。
『…あーもう、』
「……!」
相変わらず乃亜は、オレと違ってオレのことを分かってるみたいで。
オレが拗ねているのも全部察していたようだ。
痺れを切らしたようにオレの首に腕を回してきて、そのままの勢いでソファーの肘掛に倒れこむ。
普段オレからしか行かないから、びっくりしてしばらく動けなかった。
さっきもオレが呼んだから抱きついてきてくれただけだったし。
乃亜の体重くらいなら普通に持ち堪えられるけど、流れに任せてソファーに押し倒された。
『好きだってば、グリーン』
「……ほんとか?」
『好き、好きだから』
「………」
機嫌をとるように繰り返す。子供をあやすような、そんな感じで。
オレの顔の真横に乃亜の顔があるから、表情は見えないけど。
耳元で聞こえるそれに、少しずつ頬が緩んでいった。
『好きだよ』
「ん」
『好きだからね?』
「……兄さんより?」
『兄さんと比べちゃだめ』
「……」
どうやらそこは譲れないらしい。
“兄さん”の壁は高い。
まだまだだな、オレも。
「…ごめん乃亜、ありがと……。
オレ、兄さんに勝てるように頑張る」
『………それは難しいと思う』
「……」
『ごめんてば、でもそれ肯定するのはすごく難しい』
「………」
『拗ねないの』
「拗ねる」
『もう……好きだってば…』
ぎゅっと腕の力が強くなって、それに応えるように腕の力を強めた。
いい加減機嫌を直さないわけにもいかない。
どうやっても嫉妬だ、ガキみたいだ。オレの方が年下なのは確かだけど。
兄さんに勝てる日が来るのかはわからないけど、乃亜が好きだと言ってくれるなら、今はそれでいい。
ふと、気になったことを口に出した。
さっきまでの会話とは全く関係ないけど。
「…この体勢、お母さんに見られたらまずいな」
『まずいんじゃない?
でもまだ帰ってこないよ、多分』
「多分だろ」
『うん、多分。…離れたいなら離れる』
「………やだ」
一応恋人は設定だけで恋人なわけじゃない。
この体勢で違うと言い張るのが難しいと思うが、とにかく違うものは違うのだ。
お母さんの中でオレらは恋人みたいな処理がされているみたいだが、こんなとこを見られたらそれが確定してしまう。
そもそも設定云々抜きで、この場面を人に見られるのは見た側からしてもかなり気まずいと思う。
ただ、もうちょっとこのままでいたい。
力だったらオレが上だ、オレが離さない限り、多分このまんま。
「っ……乃亜、足あんま動かさないで…」
『!
ご、ごめん』
乃亜の足がオレの足と足に挟まれた状態だという事に今気付いた。それは乃亜も同じだったらしい。
押し倒されたときに自然にそうなっただけで意図的とは思えない。
体勢がきついのか、もう少し伸ばしたかったのかは分からないが、乃亜が足を動かしたら……。
つまりはそういうわけで、思わず反応したオレ、それを不思議に思って足の方を振り返った乃亜。
状況を把握したのか、慌てて謝ってきた。
同時に下手に動けない事も悟ったようで、最初のように顔をソファーに埋めるようにオレの顔の隣に戻した。
さっきからなんとなく思ってたけど、乃亜から甘い香りがする。
お菓子とかではない、…香水だろうか。
『……グリーン、首…っくすぐったい……』
「ん…いいにおいする…」
『んんっ……』
「(あ、やべーかも…)」
首元に鼻をよせれば、逃げるように身じろぐ乃亜。
さすがにこれ以上はまずい気がして、ただひたすらに抱き締めた。
お母さんがドアを閉めた音とともに急いで離れるまで、あと10分。
おまけEND.
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