六日目-4
『いえ、大したことは…もう最後だから、少しお話していただけで……』
「そうか。俺も君とゆっくり話す時間がなかったから、良ければ付き合ってもらいたいのだが」
『はい、ぜひ』
声が大きい印象を受けていた彼の声は夜であるからか穏やかで、心地良く耳に入ってくる。優しさがそのまま声に乗っているようだった。
話を切り出したのは彼の方からで。料理の話から始まって、その延長で彼に年の離れた料理上手な弟がいることを知った。炭治郎くんから私に弟がいると聞いたと。いつか家族ともここに泊まってみたいから、そのときは弟とも仲良くしてやってくれと言われた。ぜひお願いしますと笑顔で返す。
やがて話は膨らんで、私の仕事のこと、煉獄さんの仕事のこと。炭治郎くん達とのこと。断片的ではあるけど彼の身の周りのことを直接聞くことができて嬉しかった。何か聞くなら今しかないと思い、なかなかできずにいた世間話をここぞとばかりにする。
これを逃したらもう、煉獄さんとお話できないかもしれないから。
「…風が出てきたな。少し冷えるか?」
『あ…いえ、大丈夫ですよ。これくらい…』
「これを羽織ると良い」
話している間にだんだん夜風が強くなってきたのを見て、煉獄さんが着ていた上着を脱いで私に掛ける。が、煉獄さんも薄手の着物で決して厚着とは言えない。
「これでは煉獄さんが」とすぐに返そうとしたが、「俺はそんなに柔じゃない」と綺麗に微笑まれてそれ以上動けなくなってしまった。
『……それじゃあ、半分こしませんか』
「うん?」
『わたしには大きいので、…半分だけ貸していただければ、十分です』
もし万が一にでも、可能性があるのなら。
ここで私が「寒い」と言えばもう戻って寝ようという話になるだろうし、かと言ってお客さんに上着を借りたまま話し続けるというのも気が引けた。
さらに言うと、これを炭治郎くんから貰った言葉の真偽を確かめる機会にできると思った。
空いていた隙間を少し詰めて、羽織っていた上着の片側半分を煉獄さんの肩に掛ける。恥ずかしい、距離が近い。わざとらしすぎただろうか。
様子を窺いたくても直視することはできなくて、横目でちらりと顔を見るくらいしかできない。
私の出た行動に煉獄さんは大きな目を少し見開いて、その後ぐっと私の肩を抱き寄せた。
『っ、!』
「君のような女性が、男にそのようなことをするのは感心しないが……確かに、こちらの方が温かい」
彼の髪がふわりと頬に当たる。抱き寄せられた勢いで肩にもたれかかるような体勢になってしまった。
起き上がらねばと思うのに、何故だか体が動かない。脳とうまく連動していないようだった。…いや、もしかしたらわざとかもしれない。
そのままお互いに黙り込み、ただただ時間だけが過ぎていく。静かな夜に心臓の音が聞こえてしまうかと思った。
この人との距離に慣れよう慣れようと思っていたのに、結局慣れずに終わっていくようで。
『(わたしも、匂いで感情が分かれば良かったのに……)』
すぐ近くで香る石鹸の匂いにそう思う。
炭治郎くんの言うこの人の“感情の匂い”というのは、一体どういうものなのだろう。
ふわふわした心地良さに眠気を覚え始めたとき、「今夜は月が綺麗だ」と彼が呟いたのが聞こえた。
六日目
END.
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