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「思えば、前にも頭が痛くなったことがあったな」




休日にしては早過ぎる目覚め。
少し眠い気はしたけど二度寝する気分ではなかったので、そのまま洗面所に向かって顔を洗う。

泣いたせいで鏡の中の自分の目が赤かったけど、しばらくすれば戻るだろう。
いつものように朝食用のパンをカゴから取ってきて机に並べ、杏寿郎と向かい合って座った。




『え、今日初めてじゃなかったの?』


「ああ。頭痛なんて滅多にならないんだが…」


『言ってくれれば、頭痛薬あったのに』


「いや、その時はそこまで酷くなかったんだ。それに精神的なものだと思っていたから……」




明華に寝惚けてキスしそうになった日だ、とパンを頬張りながら彼が言う。やらかしたことを気に病んでいたらしい。私はそれよりも前に好きだって言ってたんだから、そんなに気にしなくてもいいのに。
でもまあ、あの時はつい反射で手が出ちゃったからな。あれで傷付けちゃってたのならこちらこそ申し訳ない。


今朝突然戻った杏寿郎の記憶。
きっかけがなんだったのか、原因が何だったのかは分からない。戻ったという事実がただあるだけだ。
寝起きで聞かされたけど内容はちゃんと頭に入っていた。鬼と戦っていて、仲間を庇って喰らった術で飛んだ先がここだった。
詳しい仕組みは分からないけど漫画の世界だからな。何が起こっても不思議じゃない。
異世界に飛ぶこともあるんだろう。私の読んでいた「鬼滅の刃」にそんな描写はなかったけども。

記憶が戻った原因が鬼が弱ったせいであっても“期限”であっても、もう杏寿郎は長くはここに居ないだろう。この後は一緒に帰り支度をしようかと思う。
あんまりにも帰れなかったので刀は部屋の隅にしばらく置きっぱなしだし、靴もずっと靴箱にしまったままだったけど、いつ帰ってもいいようにまとめて常に傍に置いておけるようにしておこう。


いよいよかあ、なんてどこか他人事のように考えていたら、ふと杏寿郎に呼ばれたので目を向けた。




「今日の買い出し、明日に回せないか?」


『え?』


「明日此処にいるか分からないから……できるだけ、明華と一緒にいたくて」




「俺はもう外へ出ない方がいいだろう?」と杏寿郎が続ける。確かに、兆しが見えてきた以上は出来るだけ家に居た方がいい。
それはそうだけど、あまりに素直で甘えたような物言いにドキッとして思わず固まってしまった。これ、頷く以外の選択肢があるのか。




『じゃあ…そうしよっか。夕飯どうしようかなー…』


「俺は抜きでも良いぞ」


『だーめ。…そうだ、久しぶりにわたしはカップ麺でも食べようかな〜』


「かっぷめん?」


『お湯注いだら食べられるやつ』




普段なら午後に買い出しに行くので夕飯の食材には困らない。が、それがないとなると。
あんまり買いだめはしない主義なので冷蔵庫に大したものは入っていない。また出前でも取ろうかなと思ったけど、棚の中に即席麺があることを思い出した。
これで私が昼を凌げば杏寿郎の食べる分くらいは用意できるはず。カップ麺に興味があるらしい杏寿郎に即席の春雨や焼きそばを見せてあげたら、目を輝かせて「俺もこれがいい!」と言い始めた。




『ええ…。あんま量入ってないし、栄養も偏ってると思うよ……』


「今日一日くらい問題ないだろう。それに、明華と同じものが食べてみたい」




これが食べられるのは此処にいる間だけだからな、と。カップ麺程度で嬉しそうに言われてしまい、やっぱり頷くしか選択肢がない。
じゃあお昼はそれを食べようかと言ったら「ああ!」とにこにこ返事をくれて、なんだか初期の頃にオムライスで喜んでいた彼のことを思い出した。…本当に可愛いな、この人。


「お昼までは荷物の整理しようか」と提案したら、あの頃なら見せなかったであろう少し寂しそうな顔で、杏寿郎が「そうだな」と頷いた。







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