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見慣れた部屋の中をぐるりと見渡す。
窓際に布団があり、その横に机と椅子があり、後ろにはいろいろなものが飾られている棚があり。決して広いとは言えないが、一人で暮らすには便利な間取りだ。
俺の住む世界ではあまり見掛けない、「集合住宅」という形式の建物の一室。
流れでここに居候させてもらってから一ヶ月。
改めて家の中をまじまじと見るような真似は避けていたが、今日だけは少し違った。
「(女の子の部屋を勝手に漁るなど、断じて許されることではない……が、もう悩んでいる暇もない。
帰ってきたら土下座でも何でもする!気の済むまで怒ってもらっても、殴ってもらっても構わない…!!)」
だからどうか俺を嫌いにならないでくれ、と天に祈りを捧げた。
今日からまた新しい週が始まった。これからしばらく、一日の半分くらいを一人で過ごす日が続く。
ついに“兆し”が見え始めた中で、以前のように暇を持て余す気分にはなれなかった。
まだ俺にはここでやり残していることがある。帰る前に確かめたいことがある。
そのためにはこの家で一人になる必要があった。明華と片時も離れたくないと思う一方で、確実に一人きりになれるこの時を密かに待っていた。
「(よし、まずはあれを……)」
最初に目を向けたのは、この部屋にある背の高い本棚。
俺は明華に秘密で、この家で「探し物」をしようとしていた。
別に全ての部屋を隅々まで調べたいわけではない。目的のものが見付かればそれでいい。
なるべく関係のないところには触らないようにしたいから、思っていたのと違ったらすぐにやめて別の場所を探そうと思う。本棚に綺麗に並んで収まっていた本のうちの、端にあったものをひとつ手に取って広げた。
――此方の世界に来てからずっと、引っ掛かっていたことがある。
「(明華は、俺が出ているらしい“漫画”の話をほとんどしなかった)」
俺が漫画の登場人物であると言いながら、架空の人間だと言いながら。彼女はそれ以上の話をしてこなかった。
したことがあるとすれば、俺の家族の話や鬼殺隊の仲間の話を少しと……この前、鬼の話をほんの少しだけ。目立って思い当たるのはそれくらいだ。
思い返せばこの一ヶ月、あまり俺の世界の話をしたことがなかった。とにかく「帰らなければ」という気持ちの方が大きくて、特に気にすることもなかった。
気になり始めたのは、明華が俺に「着いて行くことはできない」と泣いたあの後からだ。
「(着いて来れない理由も俺に詳しく言えない理由も、あの日から散々考えた。でも分からなかった。
きっと明華と過ごした日々の中に、何かしら手掛かりがあると思って……)」
それで、ふと思った。俺は“こっちの世界の”煉獄杏寿郎のことを、何ひとつ知らないと。
話をする時間ならいくらでもあった。明華はいかに俺が好きかを聞けば語ってくれるような人だから、もっと具体的な話がいくらでもできたんじゃないかと思う。
思えばあれだけ変装も頑張っていたのに、俺が本当にここで有名人なのかすら未だよく分かっていない。明華のスマホについている俺と、棚に飾られている俺のことは知っているけども。
時々貸してくれる漫画も俺とは関係のないものばかりだった。
もしこれらの全てが明華の意図的なものだったとしたら、そこに“答え”があるような気がする。
「(あった……明華が、俺に貸してくれた漫画だ)」
本棚の中にまとまって置いてあった本をいくつか開いてみる。どれも見たことのある絵だ。
同じ「漫画」なら、この近くに俺が出ている漫画もあるんじゃないかというのが俺の予想だった。
できれば今日中に見付けたい。明日も一人になる時間はあるだろうが、もし部屋を探っていることがバレれば間違いなく動きづらくなる。
初日から明華はずっと俺に付きっ切りで、部屋の片付けをしていたのは初めて俺が部屋に来たときの僅かな時間のみだったはず。仮にわざと隠しているとしてもそんなに大移動はできていないと思う。探すなら今のうちだ。
明華が俺と共に来ることを嫌がっている理由を、帰る前にどうしても知っておきたい。
「(知ったところで何も出来なかったとしても、何も変わらないにしても……)」
――知らないまま帰りたくない。
今の俺にとって、明華はそんなに簡単に諦められるような人ではないのだから。
並びを崩さないように持っていた漫画を机の上に積み上げて、さらにその奥にあった本へと手を伸ばした。
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