2


――




「明華……おかえり」




こんなに緊張して明華を出迎えるのは初めてなんじゃないかと思う。


第一声で何かがあったことを察したらしい明華が表情を変えた。
ここまでは想定内だ。正直に話そうと端から思っているし、明華相手に隠し事ができるとも思っていない。声も表情も取り繕うことなくそのまま挑んだ。問題はこの後だ。

後ろ手に持っていた「漫画」を恐る恐る前に持ってくる。結局最初に目を付けた本棚では“これ”は見付からなくて、押し入れの中にあった小さな本棚の奥に仕舞われていた。探そうと思わない限り見付からない位置だと思う。
もともとそこに仕舞っていたのか、俺が来たから見えない位置に移動したのか、真意は聞いてみないと分からないけれど。




『……、それ…』


「すまない。どうしても諦めきれなくて……探させてもらった」




明華が眉間に皺を寄せる。しかし続ける言葉に迷ったのか、そのまま彼女は黙り込んだ。


「鬼滅の刃」――
持っていた書物には、目立つようにそう書いてあった。




「君とは、俺が出ている漫画の話をしたことがなかったから…。
それを見付ければ、君が俺に着いて来れない理由が分かるかもしれないと思って……」




たとえ理由そのものが分からなくても、何かしら発見があるだろうと思った。なかったらなかったでまた別の方法を考えるだけだったけども。
俺が思い当たる中で真っ先に行動に移せるのがこれだった。そして多分、これが“当たり”だと思う。




「俺は……近いうちに、上弦の鬼に殺されるんだな?」




――だから着いて来れないと言ったのか?
黙り込んでしまった明華に問う。


もしこれが“当たり”であるなら。理由を聞いたときに明華が泣いたのも、俺には言えないと言ったことも筋が通る。
本人の目の前で「貴方はもうすぐ死ぬから」なんて、普通なら気まずくて言えるはずがない。俺を好いてくれている明華なら尚更だ。
俺は自分が死ぬことを知らないから「着いて来てほしい」と言うが、彼女は漫画で展開を知っているから「着いて行きたくない」と言う。理由は気が引けるから明かせない。事情が分かればなんてことはない、当たり前の流れだ。
俺だって、自分がすぐに死ぬことを知っていたらそんな無責任な発言はしなかった。


未だに迷っている様子の彼女だったが、苦い顔をしつつも少しずつ返事をしてくれた。




『……そうだよ。
明確にいつかは知らないけど、どのみち杏寿郎は無限列車編で死ぬって分かってるから……だから、着いて行けないの』


「…、そうか。
無理に聞き出すような真似をして済まなかった。でも、どうしても知りたかったんだ」


『うん、…上手く説明できなくて……ごめん』


「謝るな。これを上手く説明なんて、きっと誰にも出来ん」




明華の身体を抱き締める。
明華は悪くない。俺も逆の立場だったら、似たようなことになっていると思う。

腕の中で震えている彼女のことを、ただじっと、強く抱き締めた。




『本当は……着いて行きたいよ。漫画の世界に行けるなんて夢みたいだし…杏寿郎の生きてるところで、わたしも杏寿郎と生きてみたい』


「…うん」


『千くんにもお父さんにも挨拶がしたいし、杏寿郎が普段一緒にいる、鬼殺隊のみんなとも会ってみたい』


「うん、」


『でも、……杏寿郎がいないなら、わたし、生きていけない………』




小さな頭を手のひらで引き寄せる。泣いていることくらい、顔を見なくても分かった。
事情を知らなかったとはいえこの子には酷なことを言ってしまった。ただお別れするだけでも「大泣きすると思う」と宣言されているのに、死ぬのが分かっている世界に引き込もうだなんて。


でもここで全てが繋がってくれたおかげで、俺の中にあった思いが吹っ切れた。




「明華。俺はこの“鬼滅の刃”をまだ見付けたばかりで深く読み込めていないんだが、明華はそれなりに読んでいて、話も詳しく分かっていると思ってていいか?」


『え…?うん、一応……』


「そうか。それなら改めて言わせてほしい。やはり明華に、俺と共に来てほしいんだ」


『…、え…?』


「俺の……いや、俺達の、世界の救世主になってくれ!!」




まだ睫毛が濡れている明華の肩を両側から掴む。

真っ直ぐに目が合った彼女の瞳は、涙と不安できらきらと揺れていた。






こそ、君の手を




END.








<<prev  next>>
back