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『もし、“その時”が来たら――わたしのこと、一緒に連れて行ってほしい』




これが、私の出した答え。


自分でも不思議なくらいに声に揺らぎがなかった。思っていたよりも覚悟ができていたのか、杏寿郎の存在がそうさせたのか。
迷いが全くないと言えば嘘になるのに、発された音ははっきりとしていてそれを感じさせないものだった。

彼が少しだけ目を見開く。私は今、どんな顔をしているだろう。
今ここで、今まで私を創り上げていたものすべてに、サヨナラを。




『…何度考えてもね、杏寿郎の傍にいたいって結論になっちゃうの。
心配なことはたくさんあるし、怖い気持ちもある……親とも友達とも二度と会えなくなるって思うと、すごく悲しいし寂しい。…でもわたし、杏寿郎のことが好きなの。どうしようもなく』




出会う前から好きだった人。出会ってからもっと好きになった人。
杏寿郎より簡単に自分の世界を捨てられるとは言ったけど、この世界に未練がないわけじゃない。やってみたいことも行ってみたいところもたくさんある。まだお別れしたくない大事な人もたくさんいる。
でもそれ以上に、今は彼の手を離すのが嫌だった。

物語の都合で一度は諦めたけど、未来が変わる可能性があるのなら。あの状況を打破できる策があるのなら。
「条件」付きでなら、この先もその手を掴み続けていたいと思う。




『物語の最後まで、絶対に死なないで。一生傍に居て。
何があってもわたしのこと見捨てないで、わたしと一緒に長生きして』




――それを約束してくれるのなら、着いて行きたい。

「返事」を最後まで聞いた彼が、満足そうな顔をしてこちらに微笑む。




「ああ、誓おう。元よりそのつもりだ。
それが君を連れて行くことの、“責任”というものだからな」




お館様と相談する作戦は、必ず俺の生存と明華の安全を優先してもらう。
最初は信じてもらえないかもしれないが、成果が出れば明華の価値は間違いなく認めてもらえるはずだ。


真っ直ぐこちらを見てそう言った彼は、その後ふと嬉しそうに顔を綻ばせた。




「ふふ、熱烈な求婚を受けた気分だ。良いものだな、恋というのは」


『…わたしはそのつもりだったけど?』


「……、ああ、そうだな。…ありがとう、俺を好きになってくれて」




俺の一生をあげるから、
君の一生を、俺にくれ。


狭いテーブル越しに杏寿郎がこちらへ手を伸ばす。
近付いてきた気配に熱を感じて、静かに目を閉じた。




「決まりだ。俺は今後、今まで以上に君の傍にいるように努める。
それらしき現象が起こったら、どんな状況であろうと真っ先に君の手を掴む」


『それが変な瞬間じゃないことを祈るばかりだね……』


「そうだな、こればっかりは運でしかない。
君の仕事中は俺が一人で読み込んでおくから、帰って時間が空いたら君も付き合ってくれないか?話して理解を深めたい」


『うん、わたしも細かいところ忘れてると思うから、もう一回ちゃんと読んでおきたい』




早速このあと少し一緒に読もうか。 ああ、そうだな。
あの漫画以外にも資料があるから、それも見せるよ。 そうなのか、ありがとう。

食事が再開され、さっきまであった暗い空気がなくなる。
これでお互いに吹っ切れた。この先どうなったとしても受け入れる覚悟も改めてできた。きっと杏寿郎も同じだと思う。
願わくば、私達の未来が明るいものでありますように。


「ごちそうさまでした」と同時に茶碗を置いて、どちらからともなく、二人で微笑み合った。






度こそ、貴方の手を




END.







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