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物陰に身を隠してからしばらくが経った。
明かりが点き、賑やかな声が聞こえたかと思えば扉の閉まる音と共に消える。
足音が近付いてきて、塀の裏側に隠れていた俺に向かって控えめに声が掛かった。
『ごめんね、待たせちゃって』
「気にするな。夜の番に比べればずっと楽だったぞ」
こそこそと通りに戻って明華と合流する。そのまま二人で元来た道を引き返した。
今日は彼女の実家にやって来ていた。
明華が俺と共に来てくれることを選んだのが昨日の晩。事情を他言できないから“別れの挨拶”とは少し違うが、事が起こる前にせめて一度だけでも両親に会いに行くことを勧めた。
彼女は「置き手紙をするよ」と言っていたものの、顔を合わせられるなら今のうちに合わせておくべきだと。
会えなくなってからでは遅い。俺は外で待ってるからゆっくり話をして来いと、昨日のうちに強く言い聞かせた。そうでもしないと、きっと彼女は俺に気を遣ってしまうから。
「会社でもらったお土産を分けたい」という即席で考えた嘘を引っ提げて、明華は帰宅後すぐに俺を連れて実家へと向かった。連絡を取り合ったところ、家族で夕飯を食べることになったそうだ。
彼女が実家で過ごしている間、俺は屋外の人から見えにくい位置で待機。夜だったこともあり誰かに見付かることもなく、また俺に異変が起こるようなこともなく、先程明華と再び合流。
そして今に至る。
「御両親は元気そうだったか?」
『うん、いつもと変わらなかったよ。お土産のことも全く疑われなかったし…』
手を繋ぐために明華から奪った紙袋。一人じゃ食べ切れないという設定のために、中にはやや大き目の箱が入っていた。
本当なら俺も一緒に行って「娘さんを俺にください」と土下座でもするべきだったのに、それは叶わなくて。相手が俺であるばっかりに満足な別れもさせてやれないことを申し訳なく思う。
夕飯を食べようと提案されるくらい仲の良い家族なのにな。この後もう二度と娘と会えなくなるかもしれないなんて、御両親は微塵にも思っていないだろう。
「明華。御両親への手紙に、俺も一言添えて良いだろうか?」
『え?』
「直接伝えられなかったから、せめてもの気持ちだ」
電車に揺られながら、「事後報告なら騒ぎにもなりにくいだろう」と彼女に言う。今俺が御両親の前に現れたら大騒ぎになるかもしれないが、この世界から居なくなった後でなら。
仮に騒ぎになったところで肝心の本人が居ないのだ、それ以上はどうしようもないだろう。何かの間違いでもう一度、この世界と俺の世界が繋がりでもしない限り。
俺を此方へ飛ばした鬼も当然抹殺対象だ、まず有り得ないだろう。
『…じゃあお願いしようかな。レン、達筆っぽいから緊張しちゃうな…』
ふふ、と明華が小さく笑う。その顔が寂しそうに見えたのはきっと気のせいではない。
繋いでいた手で彼女の身体を手繰り寄せて、ぎゅっと腕の中に抱き込んだ。
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