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『いざ書こうと思うと難しい……』
二人して机に向かうことになった午後10時。
筆記具を明華から借り、線と柄が描かれた紙に筆を走らせる。この時代では横書きが主流だと聞いたのだが、どうにも慣れないので紙の向きを変えて慣れた方法で書かせてもらうことにした。
「ボールペン」とやらの書き味にはまだ慣れていないが、少し使っただけで便利なものだということは分かった。さすがは未来だ。
俺は書きたいことが決まっていたので順調に進んでいたが、明華は内容に迷っているようで。
少し書いては手を止め、悩むのを繰り返している。
「相手は御両親だ、多少まとまってなくても伝わるだろう。思い付いたことをどんどん書くといい」
『うん…そうだよね……』
「改まる必要もないか」と呟き、明華が続きを書き始める。おそらく書きたいことがないのではなく、ありすぎてどう書くか迷っているのだろう。
今まで当たり前のように一緒にいた家族への“別れの手紙”だ。遺書ではないがそれに近いものがある。――俺だったら、まず何から書き始めるだろうか。
ここまで育ててくれてありがとう。家族でいてくれてありがとう。二人の子として生まれて良かった。
この先は傍に居れないけれど、ずっとずっと忘れないから。どうか皆、離れていてもお元気で。
「…明華」
服の袖で目を押さえた彼女の頭を撫でる。ぽろり、雫がひとつ机の上に零れた。
俺に着いてきてくれるとは言ったけれど。「自分の世界を捨てられる」とも言っていたけれど。
寂しくないわけではない。あくまで“俺の死”と天秤にかけた結果、俺を取ってくれただけで。家族や友人との別れが辛いものであることに変わりはない。
普段同じ家で暮らしていなくても、べたべたするほど仲が良かったわけではなくても、二度と会えなくなると分かれば悲しくなるものだ。
特に平和である此方の世界では親しい人と死に別れることも少ないのだろう。俺は仲間達と幾度となく死に別れてきたけども、明華はそんなことはないはずだ。
「人が一人消えるというのは……こういうことだな」
『……、ん…?』
「…何でもない。改めて、鬼は殲滅しなければならないと思ったんだ」
――そして君のその「覚悟」に、俺は必ず報いて見せなければ。
濡れた跡の残る頬を、指で優しくなぞった。
会ったことのない明華の御両親宛ての手紙が完成し、筆を置く。一言書き添えるつもりが思ったよりも長くなった。
やがて明華の分も完成し、彼女は机の上にあった紙をすべてまとめて重ねた。これを後で部屋の目立つ場所に置いておく。
この世界から消えた明華のことを誰かが家まで探しに来たとき、すぐに目につくように。
『杏寿郎にも書いてもらえて良かったかも。わたしの手紙だけじゃ杏寿郎が来たって信じてもらえなさそうだもん。これどう見ても、現代の人が書いたものじゃないし』
「うーむ…。読みづらいだろうか…」
『そこがいいんだよ。…そうだ、時間があったら写真も残そうかな。フィルムカメラ買ってきてさ』
「ふいるむ……?」
スマホだと万が一が怖いからアナログで、と説明をしてくれるがよく分からない。でも、明華に少し元気が戻ってきたようで良かった。
たった今出来上がったこの手紙は二人で向こうへ飛べたときに初めて役に立つものであって、これだけ時間を掛けたのに無駄になる可能性もまだ十分残っている。
それでも、もしこれが役に立つ“その時”が来たら。
「なあ、明華」
『なに?』
「絶対に幸せにする。君のことを」
『…うん、よろしくね』
今は辛そうな君の顔を、いつか絶対に毎日笑顔にして見せるから。
だからもう少しだけ待っていてくれと、左手の薬指に口付けた。
君と明るい結末を
(いつか、必ず)
END.
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