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ふわふわと意識が浮かぶ。
見慣れない天井。嗅ぎ慣れない匂い。動かない身体。
人の気配はなく、どこからか風の音だけが聞こえてくる。
――私、ここで何してるんだっけ。
どこかへ置いてきてしまった記憶を辿りつつ何とか重い身体を起こそうとしたら、不意に近くで誰かの足音がした。
『…アオイ……ちゃん?』
「えっ?」
その足音はこちらに近付いてきて、やがて顔を覗き込まれる。
会ったことはないはずなのに自然と頭に一つの名前が浮かび、つい口に出したら驚かれた。でも、驚いたのは私も同じ。
その子は、私の世界では“漫画の中の住人”だったから。
『…あ、ごめんなさい。初対面なのに馴れ馴れしく呼んじゃって……』
「い、いえ!それより、具合は大丈夫ですか?」
『よく、分からない…んですけど。わたし、どこか怪我でもしてましたかね……?』
身体はだるく重いものの、酷く痛むような箇所はない。しかし動かそうとした片方の腕に点滴が刺さっていることに気付き、それを見て逆に彼女に質問をしてしまう。
状況がよく分からないけど、ひょっとして私、入院するくらい具合が悪いんだろうか?
話しているうちにだんだんと気を失う前の記憶が戻ってきて、「杏寿郎は…」と首を捻りながら呟く。見える範囲に彼の姿はなかった。
今分かるのは、私は患者衣でベッドの上に寝かされていて、目の前に「アオイちゃん」がいること。つまりここは「鬼滅の刃」の世界で、おそらく場所は蝶屋敷の一室。
――こっちに来れたんだ、私も。
世界を飛び越えるという突飛なことが起きたものの、予定通りと言えば予定通りなのでさほど動揺はしなかった。俄かには信じがたいが、私が望んで来た世界だ、ここは。
あとは私をここに運んでくれたであろう杏寿郎と会えれば、ひとまず安心といったところ。忙しいのはその後からだけど。
アオイちゃんが「急に起き上がらない方がいいですよ」と言い、手早く点滴の針を抜く。
「炎柱は任務で外に出ています。後で鴉を飛ばしておきますので、見たらすぐに戻って来られると思います。貴方のこと、とても心配されてたので」
『……、ありがとうございます…』
「意識が戻ったので、この後は普通の食事に戻しましょう。
起き上がっても構いませんが、丸二日は寝てましたから、ゆっくり起き上がるようにしてくださいね」
『え、二日も……!?』
「はい」
――身体に異常がないのに目を覚まさないので、しのぶ様も心配してました。
後片付けをしながらアオイちゃんが経緯を少し教えてくれて、その事実に呆気にとられる。
私、二日間も寝てたのか。道理で体がだるいはずだ。
風邪を引いて数日間動けなくなった経験ならあるけど、意識が全くなかった分それよりも酷い。
せっかくこっちに来れたのに出だしがこれとは。不可抗力とはいえ、いろんな人に迷惑を掛けてしまったことだろう。
しのぶさんにも会ってきちんと謝らなければ。初対面からこんなので申し訳ない。
寝たまま挨拶するわけにはいかないからと、アオイちゃんに言われた通りゆっくり起き上がろうと試みる。が、上半身を起こそうとしたところでクラッときて布団に逆戻りした。…まずい、寝込んでたときと同じ感覚。
人間、二日横になってただけで起き上がれなくなるものだなあ。このまま転がっていたらどんどん起き上がれなくなるから、頑張れるだけ頑張っておかないと。
時間をかけて何とか上半身を起こし、その間にアオイちゃんがお粥を作って持ってきてくれる。
何から何までありがとうと言いながらそれを受け取って食べていると、食べ終わる頃に「しのぶさん」が部屋に様子を見に来てくれた。
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