1


 



「暗くならないうちに、最低限必要な物を揃えよう」




歩ける程度まで回復した私は、そう言った杏寿郎に“この世界”の商店街へと連れ出された。


向こうから持ち出した荷物はしのぶさんがまとめて蝶屋敷で保管してくれていた。私が着ていたパジャマと、数冊ずつ漫画を入れていたトートバッグ2つと、思いついたことを書き散らしていたメモ書きが何枚か。
飛ぶ瞬間に慌てて持ったからどうなったかと思ったけど、ちゃんと持ち込めていてホッとした。これがあるのとないのとではだいぶ違う。さすがに全巻持ってくるのは無理だったけども。

蝶屋敷を出るにあたり、真っ先に問題になったのが「服」。借りていた患者衣で外を出歩くのはあれだし、かと言って手持ちはパジャマしかない。パジャマで外出もどうかと思うし、しかも時代が違うのでここでの「パジャマ」とは多分違うものなんじゃないかと思う。
迷った結果、大変申し訳ないけれど服を手に入れるまでの数時間だけしのぶさんに借りることにした。背丈は似たようなものだったのでサイズは問題なかったけど、困ったことに私は着物の着方が分からず。わざわざ貸してくれたのに「洋服はないですか」なんてことは言えず。

こっそり杏寿郎に「どうしよう」と耳打ちして、半分くらい自分で着てから彼にも手伝ってもらってどうにか形になった。




『(急に着替え手伝ってとか、杏寿郎も困っちゃうよね……)』




借り物の慣れない草履で歩きながら、お互いタジタジで大変だったさっきのことを思い返す。

この時代で「和服を着たことがない」なんて、きっとおかしいことだ。すれ違う人も和服の人ばっかだし。
向こうで「洋服の着方が分からない」と大人が言うのと同じくらいのことだと思う。普段着だからきっちり着る必要はないみたいだけど、男女差があるから杏寿郎に聞いても曖昧な部分があった。
性別が違うって、意外と厄介だなあ。

しばらくはこういうことが続くんだろうなとぼんやり考えていると、ふと隣を歩いていた杏寿郎が足を止める。




「明華、この店はどうだ?品揃えが良さそうだ」


『あ、うん。わたしは何でも……』




とりあえず着られれば、と杏寿郎の見繕った店に入る。綺麗な着物が棚にずらりと並んでいた。

知識がないから、どれがいいのか何が必要なのか、どのくらいの値がするのか見てもよく分からない。杏寿郎が初めて向こうで出掛けたときもきっとこんな感じだったのだろう。
漫画を読み込むのに必死になってて気が回らなかったが、スマホで何でも調べられるうちにこの時代のことを知っておいた方が良かったのかもしれない。…なんて、もう今更だけど。

後ろを振り返れば、紙の上でしか見たことのないレトロな街並みが広がっている。




「すまないが、この子に服を見立ててもらえないだろうか?小物も一式まとめて欲しい」


「はいよ。お嬢ちゃん、好きな色は?」


『え、えっと……な、何色がいいかな?』


「ふむ、そうだな…」




優しそうな女性の店主らしき人が出てきて話を振られるが、何も分からなくてつい杏寿郎に回してしまった。どういう色の着物があって、どういうのが主流なんだろう。
とはいえファンタジーの世界だし、私の世界で言うところの“大正時代”とは事情が違う可能性はある。鬼殺隊の隊服とか柱の羽織とか、思いっきりファンタジー感に溢れてるし。ああいう服もどっかに売ってるのかな。

店員さんおすすめの品物には着物の他に袴やブーツもあって、どれも可愛くて心が躍った。





<<prev  next>>
back