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舗装のされていない、街灯も少ない道を二人で手を繋いで歩く。
ビルやマンションが建ち並ぶ夜景を当たり前のように見てきた自分には、ここはまるで多少整備がされただけの田舎の夜道みたいで。住所で言えば「東京」なのに、自分の知っている「東京」の面影は何一つ見当たらない。
辺りの静けさも相まって、ただ歩いているだけなのに少し怖いとすら感じた。
「さて、着いたぞ」
繋がれた手に引っ張られて足を止める。
大きな明かりがなくて全貌が見えづらいけれど、目の前には立派な門。夜道であるせいかそれが不気味な迫力になってしまっているが、とにかく見上げるほど背の高い立派な門がそこにあった。
左右には終わりが見えないくらいに長い塀が伸びている。
どこまでも広くて厳かなそのお屋敷に圧倒されている暇もなく、さっさと門の中へと入っていく杏寿郎の背中を私も慌てて追い掛けた。
「只今戻りました!」
「兄上、お帰りなさい!……あ、そちらの方が…?」
「うむ!明華だ!!」
『(ここでも既に言いふらしてそうな雰囲気…!)』
門から玄関までは数歩では収まらない距離があり、それだけでこの家の“広さ”を感じる。辺りを見回したい衝動に駆られたが、入ってすぐに杏寿郎以外の声がしたのでそちらを振り向いた。
奥から走って出てきたのは弟の「千寿郎くん」。
実はいきなりお父さんが出てきたらどうしようとドキドキしていたので、その可愛らしい姿にちょっと安心した。いや、どのみちこの後会うだろうからあんまり変わらないけども。
実物も可愛い!と一人で勝手に喜んでいたのも束の間、杏寿郎の一言で和みタイムが終わる。まだ誰も何も言っていないのに、千くんが私のことを知っていそうだ。
分からないけど、多分私が眠っている間に手紙でも飛ばしていたのだと思う。…もしやお父さんにも知られてたり?
どこまでどういう風に伝わっているのか分からないのが怖いところだ。ひとまず無礼のないように深々とお辞儀をしてから、「中藤明華です」とフルネームで名乗る。
「はじめまして、千寿郎と言います。
少しだけですが、話は兄から伺っています。将来、兄と結婚される方だと…」
『あ…はい、できればそうしたいと思って……』
「できればではない!! する!!」
『ま、まだいろいろお家のこととかあるでしょ!お父さんにだってまだ……』
「反対など俺が認めない!! 大丈夫だ!!」
「ふふっ…決めたのは兄ですから。これからよろしくお願いします」
「気軽に話し掛けてください」と微笑んでくれる千くん。私の半分くらいの歳なのに、私の倍はしっかりしていそうだった。さすがだなあ。
千くんが居たらもはや出番がないかもだけど、お世話になるなら私も何か役に立たなければ。掃除くらいなら私にもできるかもしれない。
とりあえず荷物を置いてざっと部屋の案内だけしようか、と杏寿郎に連れられて三人で長い廊下を歩いた。
「兄上、手伝います!」
「ああ、ありがとう」
『あ、ごめんね千くん。それわたしの……』
「いえいえ、気になさらないでください。兄上ほどじゃないですが力はあるんですよ!お荷物はこれで全部でしょうか?」
『うん、今のところ。…杏寿郎、千くんにはどこまで話したの?』
「明華が俺の嫁になることと、この家で過ごすことは伝えてある。父にも手紙を書いたが…読んでくれているかは微妙だな。
詳しいことは直接話そうと思って、それ以外はまだだ」
杏寿郎が部屋の襖を開ける。「ここが俺と千寿郎の部屋だ」と言われたその場所は、そこだけ見れば現代でも割と一般的な部屋のサイズだが――この規模の部屋が、今歩いて確認できただけでも軽く8つはあった。
まだ反対側の部屋には行ってないし、合計したら15部屋くらいあるのではなかろうか。15LDK?
こんな見たことがない豪邸に居候の身で住まわせてもらえるなんて光栄でしかないけど、絶対最初のうちは家の中で迷子になるやつだ。まずは間取りを覚えるところからかな。
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