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「兄上を別の世界へ飛ばした鬼はこの前、兄上が帰ってくると同時に倒されましたよね。明華さんはもう、未来の世界には帰れないのですか…?」
「ああ、おそらくそうなる。全く同じ能力の鬼がもう一体いれば話は別だが、そういった前例は今のところないからな」
「そんな……御家族や御友人は……」
「もう二度と会えない。…それを覚悟で、俺に着いてきてくれた」
向こうでは今頃、明華の捜索が始まっているだろう。本当に申し訳ないことをした。
手紙は置いてきたけれど、あれを信じてもらえるかは別の話で。明華が突然おかしなことを言って消えたと思われても不思議ではない。
仮に信じてもらえたとて、明華はもうあの世界にはいなくて。いくら本人の字で「幸せになる」と書かれていようと、家族や友人から見れば死んだのも同然だ。
重ねていた手を握り込んで、明華の手をぎゅっと握りしめた。
「明華に来てもらったのは、明華がこの世界の“未来”を知っている可能性があったからだ。明華の世界には“鬼滅の刃”と呼ばれる書物があって、明華達にとっては娯楽のための書物に過ぎないのだが、そこには此方の世界のことが描かれていた」
「……と、いうと…?」
「鬼殺隊のことや、鬼のこと……そしてその能力や倒し方。その中には、上弦や鬼舞辻無惨のことも含まれている」
「…!!」
「まだそれが確実な情報なのかは確かめられていないのだがな。
しかし可能性は高いと見ている……少なくとも、俺の周辺の情報は一致していた。明華は会う前から俺のことを知っていて、だからこそ俺を匿ってくれたんだ」
“鬼滅の刃”はその世界では広く知られていて、煉獄杏寿郎が道端を歩いているのは大問題である。
俺が偶然、真っ先に声を掛けた明華が瞬時に判断をして自宅に匿った。おかげで騒ぎにならずに済んだ。そして無事に帰ってこれて、今がある。
明華は単なる「未来から来た人」ではない。思っていたよりも規模の大きい話だと気付いた千寿郎がゴクリと固唾を呑んだ。
「明華はきっと、この世界にとって重要な存在だ。だから無理を言って着いてきてもらった。無論、その責任は取るつもりだ」
俺が明華を「嫁」だと言っているのはそのせいでもある。
…一旦、これで話しておきたい最低限のことは話せただろうか。
「何となくですが、大まかな事情は分かりました。…正直、俄かには信じがたいですが……」
「ああ、無理はない。未だに俺も信じがたい話だ」
「とにかく、兄上が無事に戻ってこれて良かったです。…明華さんも、きっとたくさん悩まれましたよね。
僕にできることがあったら何でも言ってください。箱膳もそうですが、使いにくいものは明華さんが使っていたものに近いものと変えて……」
『あ、ううん!大丈夫だよ!わたしが慣れた方が早いと思うから…!
…でもいろいろ聞いちゃうと思うから、教えてもらえると嬉しいな』
「よろしくね」と明華が軽く会釈する。千寿郎が「はい!」と元気に返事をした。また任務で家を空けることが多くなるだろうが、この二人なら心配はなさそうだ。
残る問題は、と考えを巡らせようとした瞬間に遠くでガタリと気配がしたのを感じる。
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