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『えーっと、次は……』


「上弦の肆が出てくるところか?」




夜もすっかり深まった頃。杏寿郎が部屋から引っ張ってきてくれた紙を何枚も机に広げて、ただひたすらに記憶の限りを書き殴っていく。
細かいことはひとまず良い。大まかでいいから、一旦最終話までの流れだけでも書き残さなくては。記憶が新しいうちに。

持ってきていた単行本を積み上げる。杏寿郎は自分の荷物があったから少なめで、2冊。私は6冊。あまり欲張って袋ごと落としたら元も子もないので、丈夫な素材かつ適度な大きさのトートバッグに無理のない範囲で詰め込んだ。

ラインナップのメインは杏寿郎が死ぬ8巻より後、特に最終巻寄りのところだ。無限列車編に関しては私が何度も繰り返し見ていて記憶に強く残っていること、それより前は仮に覚えてなくても特段支障はないと判断して切り捨てた。
すでに過ぎているであろう部分が多いし、何より目立った死者が出ない。メインキャラの中で一番初めに死ぬのが杏寿郎だから。


ところどころ抜けている部分の話を脳内から掘り起こして、とりあえず箇条書きでどんどんメモしていった。




『…? どうしたの?』


「ん。君は字も可愛いと思ってな」


『……この時代の人みたいな達筆な字は書けないよ』


「書かなくて良いじゃないか、この字が書けるのは君だけだ。左から始めるのはまだ見慣れないが…」


『そっか、横書きだと反対になるんだっけ』




シャーペンやボールペンこそなかったものの、用意してもらった紙と鉛筆は現代でもよく使っていたものとほぼ同じで使い方に困ることはなかった。が、杏寿郎にとっては私の書く横書きのメモが珍しかったらしく。
そういえば昔は右から書くのが普通だったっけ、とあんまり気に留めていなかった事実に気が付く。お店の看板なんかも右からか。
縦書きならお互い読むのに困らないだろうけど、普段縦に文字を書く機会があんまりないからなあ。手紙の宛名書きでたまに縦で書くけど、あれも別に横でも普通に届いちゃうし。いつの時代から左始まりになったのだろう。




『台詞まで完璧には無理だったけど……何となく出来上がったかな?』


「うむ。重要なのは鬼の情報と誰がどこで戦うかだから、そこが洗い出せていれば良いだろう」


『無限列車はさすがに結構覚えてたな。映画だけでも20回…?30回?は見てたから』


「凄いな、そんなに見たのか?」


『何回見たのか分からないくらいには見たよ……ん』




唐突に唇で口を塞がれる。「そんなに好きだったか?」とニヤニヤしながら聞かれた。…そんな、答えの分かり切ったことを。

杏寿郎の頬をつねってると、千寿郎くんが「お邪魔します」と部屋の扉を開けた。




「兄上、僕はもう寝ますが、明華さんのお布団は用意しなくて大丈夫なのですか?必要なら寝る前に持ってきておきますが…」


「うむ、大丈夫だ!予定通り、俺のを二人で使う!」


『え、一緒に寝るの!?』


「…なんだ、嫌だったか?」


『嫌っていうか、こんなに広い家でわざわざ……』




「そもそも千くんに一緒に寝るって言ってあったの?」と杏寿郎に耳打ちする。私の家で二人で寝ていたのは、単に家が狭くて寝れる場所がなかったからで。二人分の寝床があったならそれぞれで寝ていたところを、物理的な問題で仕方なく窮屈に過ごしていただけだ。
この豪邸みたいな広さを誇る家で同じことをしなくてもいいだろうに。布団さえあれば、50人くらい横になれそうなんだけども。

広い家でわざわざ一緒の布団ってだけでもあれなのに、他に同居する人がいるものだから余計に恥ずかしい。
どんだけ仲睦まじいんだ。…睦まじいけど。




「明華が望むなら二人分用意するが、おそらく俺は君の布団に潜り込むぞ!」


『用意する意味ないじゃん……』


「でもまあ、広く場所を取っておくに越したことがないのは同感だ。とりあえず寝てみて、明日また考えよう。…俺達もそろそろ寝るか」




一区切りついたから、と杏寿郎が漫画を片付け始める。私も散らかっていたメモを一箇所にまとめた。
彼が「人前だから」なんて気にするような質じゃないことは知ってたけど、それにしたって奔放だなあ。全然知らない人の前では気にしなくても家族の前だとまた別、ってことにもならないんだな。誰の目も気にしないタイプか。杏寿郎らしいと言えばらしいけど。

寝室へ移動して、宣言通り2つしか敷かれていない布団のうち片方に潜る。枕は二人分用意してあった。
頃合いを見て杏寿郎が明かりを落とす。布団の感触も匂いも慣れないものだけど、彼の腕の心地は慣れたものだった。




「明日は、竈門少年の元を尋ねてみよう」


『…仕事の方は大丈夫なの?』


「お館様に掛け合ってみる。急用ができなければ、少なくとも日中は大丈夫だ。もし駄目だったら誰かに付き添いを頼むから、心配は要らない」




早めに会っておいた方が良いだろう、と暗い中で杏寿郎が呟く。確かに炭治郎くんさえ良ければすぐにでも会話しておきたいところだ。ちゃんと伝えられるか不安ではあるけども。
適当な時間に起こすから支度をしてもらえるかと聞かれ、肯定の返事をする。まあ、炭治郎くんなら多少説明が下手でも笑って許してくれるかな。

隣で千くんが眠っている中、こっそりキスをしてから「おやすみ」と言い合って目を閉じた。






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