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『ふぅー……』


「大丈夫か?」


『うん、緊張はするけど…』




足を止めた杏寿郎の横で、少し長めの深呼吸。
まさかこんなに早く実現するとは。


――お願いがあるの
――お館様と、話をさせてほしい




『(ひとえに、柱の信頼の賜物だな)』




初めて来たけど見たことのある庭を通り、煉獄家と同じくらい立派なお屋敷の廊下を歩く。静かで厳かで、自分の足音がやけに大きく聞こえた。
炭治郎くんと話をしたその足で向かったのは、鬼殺隊の本拠地――産屋敷邸。


お館様と話をしたければここに来るしかないのだが、関係者以外立ち入り禁止どころか所在地を知る者も限られている。
どれだけ特別な場所であるかは知っていたつもりだったから、こんなにすぐに機会が訪れるとは思っていなかった。
杏寿郎が炎柱でなければまず実現しなかっただろう。柱の普段の仕事ぶりが窺える。こんなどこの誰かも分からない私が来ても、すんなり受け入れてくれるなんて。


ここまで案内をしてくれた「あまね様」が一度襖の向こうへ消え、その隙に速くなっていた鼓動を落ち着ける。念のためにと産屋敷邸への移動前に目隠しをされたときも緊張したけど、布を解かれた後もまだ心臓がバクバクだった。
杏寿郎が一緒だから大丈夫だとは思うけど。せめてガチガチで何も喋れなくなる事態は避けないとな。傍にあった杏寿郎の手を取ると、彼は微笑んでから私の手をぎゅっと握ってくれた。

それから数分もしないうちに「どうぞ」と奥から声が聞こえて、杏寿郎が頷いてから襖に手を掛ける。




「失礼します!」


『失礼します……!』


「いらっしゃい。よく来たね」




杏寿郎に続けて部屋に足を踏み入れる。さっきまで繋いでいた手にまだ温もりが残っていた。

アニメで見たときと同じように、左右にいる美しい娘さんの手を借りてその場に立っていた「お館様」。
礼儀作法に詳しい方ではないけど考え得る限りのことは尽くさねばと、両手を重ねて深めに腰を折る。




『お初にお目に掛かります。中藤明華と申します』


「はじめまして。杏寿郎から話は聞いてるよ。かしこまらず、楽にしてもらって大丈夫だからね」


『お気遣い感謝いたします』




こんなに広いお屋敷の中、聞かずとも“偉い”と分かっている人の前で、その某声優ボイスで丁寧に喋られて気を楽にできる気は正直全くしなかった。が、ひとまず心の声に留めておく。
初対面だけど、この人がいかに人格者であるかはすでに知っている。漫画で何度もそういう描写があったから。多少のヘマをしてもこの人なら多分怒らないと思うけど、せめて誠意くらいは見せなければ。
この落ち着きと威厳で私より年下の23歳なのだから、漫画の世界は恐ろしい。

座るように促され、杏寿郎に倣って自分も正座で座る。こんなに広い畳の部屋は現代ではまず見ないし、お互い床に座っての会話というのも新鮮だった。
今から対面で話すはずのお館様との距離がだいぶ離れているように思えたけど、広い部屋で話すときはこんなものなのかなと勝手に納得する。
友達とカフェでお茶をするとか、会社で会議をするとかじゃまず有り得ない距離感。周りが静かだからこそこの距離でも話すのに支障がないんだろうな。杏寿郎は標準で声が大きいけど、お館様はそうじゃないし。




「杏寿郎が帰ってきたと思ったら、お嫁さんを連れてきたからびっくりしたよ。
生憎私は目が見えないのだけど、あまねが“可愛らしい”と言っていたから、きっと可憐な方なのだろうね」


『あ……も、申し訳ございません!先程はあまね様が美しすぎて、つい見惚れてしまい…!』


「ふふ、謝ることはないよ。あまねは嬉しそうだったから。
一目見て人の良さが分かったんだろう。杏寿郎が連れてくるのだから、全く心配はしていなかったけどね」


「はい!! 明華は自慢の嫁です!!」


『ちょっと杏寿郎…!』




元気良く答える杏寿郎の服を引っ張る。こちらを向いた彼はニコニコしていた。私はお館様と初対面なんだから、第一印象をあまり恥ずかしいものにしないでほしい。というかその言い方、私のハードルも上がるって。

「仲良しなんだね」とお館様は笑ってくれたけど、その言葉でさらに体温が上がった気がした。



  



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