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ピピピピピピ
聞き慣れない音がして目を覚ます。…何の音だろう。
視線だけで音の出所を探したら、頭上にあった中藤が“スマートフォン”と呼んでいた小さな四角い道具が鳴っているようだった。
やがてその音に気付いたらしい中藤が腕の中でもぞもぞと動き始める。なるほど、これが「目覚まし」か。決まった時刻に音が出て主を起こしてくれるらしい。中藤が手を伸ばし、“スマートフォン”を少しいじると音は止んだ。
そのまま彼女は腕の中でもう一度動かなくなる。…起きなくていいのか?
しばらく様子を見ていたら再び音が鳴り出して、今度こそ中藤が起き上がる気配がしたので回していた腕の力を弱めた。
「おはよう」
『…!? ……あ、おはよう…』
体を起こした中藤がこちらを見るなり分かりやすく驚く。俺がいるのを忘れていたのだろうか。まあ、昨日の今日じゃ無理もない。
眠そうな目をして、髪も乱れた状態で布団から這い出た彼女を寝転がったまま見送った。本当に俺は信頼されているんだな。まだ温もりの残っている布団を掛け直しながらそう考える。
「(…しかし、今日も駄目だったか)」
寝て起きたら戻っていることに賭けたがどうやら駄目だったようだ。昼寝をしたときも駄目だったので物凄い期待があったわけじゃないが、夜ならまた何か違うと思ったのだが。
一体どうすれば元の世界に帰れるのだろう。皆目見当もつかない。
好きな時間まで寝てていいと言われていたが見送る気はあったので、うとうとしつつも中藤の様子を窺う。廊下からはバタバタと忙しない足音が聞こえていた。
そのうち着替えて身なりを整えた中藤が部屋を覗いてきて、俺が起きていることに気付き「行ってくるね」と言ったので俺も布団から出た。
「行ってらっしゃい!」
『…い、行ってきます』
玄関で靴を履いた中藤を正面からぎゅっと抱き締める。照れているのか、顔を赤くした彼女の返事は控えめだった。
聞いた話だと中藤はこれから夜まで仕事。どんなことをしているのかは知らないが、長時間で大変そうだ。こんな細い体で。
何か手伝えれば良かったが、此方のことを知らない俺では仕事以前の問題が大量にある気がしてならない。しかも途中で突然消える可能性がある。
現状把握ができていない今は危険なことの方が多いだろう。此処では日輪刀も持って出歩けないようだし。
外に出た中藤の足音が聞こえなくなったのを確認してから、元いた部屋へと戻った。
「(此処にいたら身体が鈍るな…)」
起きたところで何もすることがないのを知っているので、とりあえずそのまま布団まで戻る。鬼のいない平和な世界。
それはとても良いことだが、いつ向こうに戻るか分からない以上はこの世界に完全に順応するわけにはいかない。もうひと眠りして食事を摂ったら、午後は鍛錬に充てよう。どうせ夜までやることはないんだ。
元の世界に戻るための努力ができるならしているところだが、今の俺には何をどうすればいいのかさっぱり分からない。できるとしたら情報収集くらいで、それは中藤に協力してもらうほかないのだ。
「(眠っても駄目で、…時間が解決してくれなかったら、どうしようか)」
ずっと、このまま。
言いようのない恐怖を感じて慌てて振り払う。駄目だ。まだ二日目だ、深刻になる日数じゃない。
とにかく考えられる手段を片っ端から試してみよう。中藤も協力してくれるはずだ。世話を掛けているところ申し訳ないが、今当てにできるのは彼女しかいない。
もう一度目を瞑る。
腕の中に何もないのがなんだか物足りなくて、昨夜中藤と寝るときに上に避けていた人形を抱えて再び眠りに就いた。
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