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「君は明日からまた仕事に行くのだろう?」




昨日中藤に買ってもらった“焼きそばパン”を頬張りながら彼女に問う。
今日は特に出掛ける用事がないと言うので、気になっていたことを相談することにした。




「帰る手段を探すのは継続するが、そろそろこの生活がしばらく続く可能性を考えたい」


『煉獄さんは別に、何も気にしないで…』


「駄目だ。君はそう言ってくれるが、俺が君に申し訳ない」




彼女の言葉が本心であることは今までの言動や表情から分かっているが、このままではいけないとさっき中藤の顔を見ていて思った。

衣食住すべてに掛かる費用、家事、労働。今俺はそれらを全部この子に負担させている。帰れる見込みがあればまだ良かったが、現時点では不明。
すべてを任せきりのままだらだらと時間だけが過ぎていくのは避けたい。いくら家主がそれを許してくれたとしても、だ。


まずは仕事。役に立ちそうにないのは承知で少しでも何か手伝えることはないかと聞いたが、部外者は職場に入れすらしないと言われてしまった。関係者以外は立ち入れないような仕組みがあるらしい。

それ以外で働ける場所の確保も難しいと言われた。まず、俺の身分を証明するものが何もない。職を探すための書類が作れない。偽造するわけにもいかない。
何より、“俺”はこの世界の人に広く知られているからそういうことはしない方が良い。費用の面で全く力になれないことを知る。


それならもう、この家の中でやれることをするしかない。つまりは家事の手伝いだ。
ここ数日過ごして考えてみたことはいくつかある。




「飯の支度ができれば良かったんだが、俺は料理はからっきしだし、教わったところで君の方が上手いだろうからな…。洗濯も俺が君の服を扱うのは厳しい。
一番まともにやれそうなのは掃除だと思ったんだが、俺にできるものはあるだろうか?厠の掃除とか」


『そんなことをやらせたらわたしの心が死ぬ』


「こ、心が死ぬ…?」


『絶対駄目。させない。…先にお風呂入っててくれるだけで十分ありがたいよ?』


「それは俺がいるから、仕方なくそうなっただけだろう?」


『わたしはいてくれるだけで良いんだけどな…。でもそうだなあ…お願いするとしたら……』


「何かあるのか!?」




思い当たることがあるらしく、思わず身を乗り出す。何か仕事を任せてもらえるかもしれない。
ずいっと寄った俺に驚いたのか、彼女は逆に身を引いた。近過ぎたらしい。

ちょっと待ってて、と言って彼女は席を立つと何か道具を持って戻ってきた。部屋の隅に置いてあった、彼女がこの家の説明をしていたときに「掃除機」と呼んでいたものだ。使っているところはまだ見たことがなかった。




『ちょうどこの後かけようと思ってたんだけど。
平日は仕事であんまりかけられないから、もしやってもらえるなら助かるなーって……』




掃除機を手に持った中藤が使い方の説明をしてくれる。

動力は電気、供給源は壁に空いている“コンセント”。これを差し込んでこれを押したら動くから、と視覚的に説明された。生きている時代が違う俺のために言葉を選んでいるのかなと思う。お互いどこからどこまでの言葉が通じるのかよく分かっていない節があるから。

先端に吸い込み口がついていて、そこから床に落ちている塵を吸うらしい。布の端や塵以外の細かいものを誤って吸わないようにね、と言われた。
覚えるために貸してもらったが記憶することなどほとんどない。紐を伸ばして、コンセントに差して、釦を押したら動くから掃除をする。終わったらコンセントを抜いて紐を元に戻す。初めてでも簡単だった。




「便利な道具だ…うちにも欲しい……」


『煉獄さん家、掃除大変そうだもんね…』




試しにやってみようと彼女と一緒に部屋全体を掃除してみた。紐が届かないところはコンセントを差し直す必要があるが、気になるのはそれくらいだ。これだけでいいとは。未来には便利な道具があるものだ。
これを平日気が向いたときにやってほしい、というのが中藤からのお願いだった。毎日やっていいなら毎日やると返しておいた。時間も有り余ってるし、ぜひやらせてもらおう。

これ以外には何かあるか、と聞いたがまた何か思いついたらお願いするねと言われただけだった。
ひとまず役に立てそうなことが見付かったからよしとしよう。追加でできることがあれば増やしていけばいい。


掃除機を片付けてから、長椅子で俺を見守っていた彼女の隣に腰を下ろして細い首の後ろに腕を回す。




『な、なに?』


「俺にできることをやっている!」


『そ、そう…。ありがとう…』




少し驚いたようだったが、中藤は回っていた俺の腕に自分の手を重ねた。やはりこれが一番喜んでもらえている気がする。
もちろん家事のような中藤自身の負担を軽くすることは積極的にしていきたいが、それとは別に“これ”もなるべく積極的にしていきたい。ただ飯を食らっているせめてもの償いとして。


自分より一回り小さな体を腕の中に閉じ込めながら、
「礼」としてやっていたこの行為が、俺にとっても意味のあるものになっていることを薄々感じていた。




「俺は思っていたよりも不安だったようだ」


『え?』


「…こうして君が隣にいると、酷く安心する」




腕で抱え込んだ頭に頬を寄せる。


正直なところ、明日から再び一人だと思うと気が重かった。
一人でいることが苦なのではない。見知らぬ世界で、何をどうしたらいいか分からない状況で一人にされるのが嫌だった。辛かったら言ってくれと言われたが、あまりこういうことを言うと中藤を困らせるだろうな。
案の定腕の中の彼女が「明日休もうか」と言い始めたので否定する。本当に俺を最優先で動こうとするな、この子は。連続で休むと気まずいとこの前言っていただろうに。

考える素振りをした後、彼女は俺の頭に手を置いた。




『絶対戻れるから大丈夫だよ。こっちに来れたってことは、その逆も絶対できるはずだから。
煉獄さんが帰れるまでわたしも諦めないし、絶対見放したりしない。一人でいるのが不安なら、不安にならないような方法を、何か考える』




手のひらで後頭部を引き寄せられる。それはまるで、いつか母にされたのと似ていて。
抱き締めているのは俺の方なのに、立場が逆転したような感覚に陥った。


“煉獄さんがわたしの世界の中心なんだから”
誰かにあんなことを言われるのは、きっと生涯二度とない。




「…ありがとう」




ぎゅっと腕に力を籠める。
この世界で知り合ったのが君で良かったと、昨日感じたことをもう一度反芻した。






けて消える


(不思議と、心が軽くなるんだ)




END.





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