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『行ってきます』
なるべくうるさくしないようにと思いつつも、結局慌ただしく支度をする。
楽しい週末はあっという間に過ぎ去って、誰もが一度は恨みを持つであろう憎き月曜日がやってきた。
もう本当、本当に今だけはやってこないで欲しい。私の大事な人が一人になりたくないと言い出したので。
『あ、寝てていいよ』
「しかし…」
『わたしがそっち行くから』
起き上がろうとしたその人の元へ駆け寄って、上から被さるような形で首に腕を回す。状況を理解したのか、彼は「行ってらっしゃい」と寝転がったまま背中に腕を回してきた。
…うん、だいぶ慣れてきたけど、恥ずかしいことに変わりはないよね。もちろんそれ以上に嬉しいけど。
赤くなっているであろう顔を隠すようにして下を向く。
バスの時間があるからくっついていられるのはほんの数秒だけで、軽くぎゅっとした後すぐに体を離すといくらか残念そうな顔をした彼が最後に手を振ってくれた。
『(うちの煉獄さんが最高に可愛い……とか言ってる場合じゃないよね)』
窓の外、流れていく景色を見ながら今後について考える。
煉獄さんはあとどのくらいうちにいるのだろうか。それが分からないせいで私もどうしたら良いのか分からない。
最初は困ってる彼を助けられれば何でもいいと思ってたけど、日数もそれなりになってきたし、今後のことでもっと具体的な案を出さないといけなくなってきた。
平日、留守にしてる間の連絡手段を何か用意するべきだろうか。
あの煉獄杏寿郎でも不安に思うことがあるんだなと思ったけど、考えてみれば至極当然のことで。全く知らない世界に突然一人で投げ出されたら誰だって不安になる。
もし私が異世界なんて行ったらその日のうちに死にそうだな。めちゃくちゃ人見知りだから、異世界どころか学校のクラス替えとか新しい職場に移るとかだけでも毎回鬱になる。そう思うと今家に一人にさせてるのがすごく申し訳なくなった。
心細いよね。当たり前だ。
そうなるとやっぱり連絡手段だけでもあればと思うんだけど、じゃあ彼にスマホを持たせるのかという話で。
彼を契約者にはできないから私が二台持ちして、片方を彼の分として使うか。別に不可能じゃない、けど煉獄さんにスマホを渡して良いのだろうか。時代錯誤にもほどがある。
私だってスマホ持ち始めたの割と最近なんだけど。ガラケー使ってた世代だから。
安いものではないからお金の面での心配もあるけど、それ以上に心配なのが彼の視力が悪くならないかどうか。
スマホは目が悪くなる原因に大いになりえる。じゃあ画面が大きいタブレットを、と言ってもそっちだって可能性はゼロじゃない。
私のせいで煉獄さんの視力が落ちたらどうしよう。責任が取れない。そう考えると持たせるのは怖い。
他に何か良い方法があればいいけど、ぱっと良い案が思いつかない。
『(煉獄さんのためならお金は惜しくないけど、買ってすぐ不要になったら普通に悲しいしな…。今あるもので何とかならないかな。
会社着いたらまた考えてみよっと…)』
そうこうしてるうちに駅に着いたので、他の客に続いてバスを降りる。
急に二人暮らしになるのっていろいろ大変だな。今回は相当なレアケースだから余計に大変だ。誰かに相談でもできたら良かったけど、そうもいかないし。
残り少なくなったICカードにお金を入れながら、今頃家で退屈しているであろう彼のことをぐるぐると考えた。
――
『ただいま』
「おかえり!!!」
ドアを閉めるなり、靴を脱ぐ暇もなく飛びついてきた煉獄さんを受け止める。
割と大声だったので外に聞こえてなかったかちょっと心配になった。
仕事中スマホ片手に考えた“連絡手段”は結局どれも似たようなもので、これだと思えるような完璧な方法は思い浮かばなかった。
一応その中で一番リスクが低そうなものをひとつ決めたので、この後やることが済んだら試してみようと思う。見た感じ、煉獄さんは今日もだいぶ暇だったみたいだし。
ほんのりシャンプーの香りがする彼相手に、背中に回すのを躊躇った腕が空中で行き場をなくして彷徨う。
『煉獄さん…あの、すごく嬉しいんだけど、わたし外出てて汚れてると思うから…』
「? 別にそうは見えないが」
『泥だらけではないけど、煉獄さんはもうお風呂入った後だし…。できればわたしもお風呂入ってからお願いしたいな…って』
「…うむ、分かった」
理由を把握した煉獄さんが私から離れる。せっかくリクエストに応えてくれたのに大変申し訳ない。
でも変に風邪菌とかくっつけちゃったら嫌だし。
さっさとお風呂入ってさっさとご飯の支度して、早めに明日の話をしよう。
持ってたカバンを部屋に放り投げて、急ぎ足で風呂場へと向かった。
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