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――




『…煉獄さん?どしたの?』


「………」




風呂から上がってリビングに戻ると、何故だか分からないが丸まった煉獄さんがソファーに転がっていた。




「今日…掃除機で掃除をしたんだが」


『あ、ほんと?ありがとう!』


「いや、これがものの30分程で終わってしまって…」


『? うん』




丸くなってるのは可愛いけど、あんまり見ない光景だったので首を傾げながら近付く。なんだか彼にしてはテンションが低い。
笑ってるように見えるけど煉獄さんってこの表情が標準っぽいからな。

近付いても起き上がる気配がなかったので、とりあえずソファーの前でしゃがんでみる。




「他にできることと言えば君を抱き締めるぐらいなのに、いまいち何時やればいいのか分からず君に迷惑を掛けてしまう」


『……え、もしかして落ち込んでるの?』


「簡単に言えばそうだ」




口角を上げたまま彼がそう答える。目の焦点が何処に合っているのかよく分からない。


なんてことだ、煉獄さんを落ち込ませてしまったらしい。慌てて寝転がっている彼の両手を取る。
表情からは読み取れないけど、本人が言うのだからそうなんだろう。推しを落ち込ませるなんてオタク失格だ。早急に何とかせねばならない。




『あの、わたしほんとに煉獄さんがいてくれて助かってるから!』


「…そうか?」


『うん、だからそんな気にしないで?落ち込む必要なんて全然ないから…』




握った両手にぎゅっと力を籠める。どうしたら元気になってくれるだろう。
多分、一方的に世話になってるってまだ思ってるんだろうな。全然そんなことないのに。
居てくれるだけで良いと何回言ったところで煉獄さんは納得しないんだろう。だからいつも何かと抱き締めてくれるし、それでも足りないと手伝いまで買って出てくれたわけで。

私のわがままに何度も付き合わせるのは悪いと思ってたけど、この人の性格ならもしかしたら元気になってくれるかも、と。
そう思って、初日以来に自分から強請る。




『あの……もし良かったら、お風呂上がったから…』


「! ああ!」




言い終わる前に抱き締められる。ぱあっと顔を明るくした煉獄さんはいつもの調子に見えた。
…人の役に立てるのが本当に嬉しいんだろうな。他人の為に命まで張れる人だから。

この人柄に甘えるのは良くないと思ってはいるけど、私のわがままでこの人が満足するらしいことが分かってしまうと複雑な気持ちになる。これで罪悪感が消えるなら、もっと私から望んだ方が良いのだろうか、と。
でも動機が動機だからな。完全に下心でしかない。


上半身をぎゅっと引き寄せられて、頬に彼の特徴的な髪の毛がふわりと触れた。




「ほんの少し部屋を掃除しただけで、できることがなくなってしまって。
俺はずっと鬼を狩るために生きてきたから、鬼のいない世界ではこんなに役立たずなんだと思い知らされた」


『そんな…』


「こんなことなら、千寿郎に料理のひとつでも教わっておけば良かった」




そんなことないと言おうとしたのに彼の言葉で遮られる。
思ってたよりだいぶ落ち込んでいたんだなと、その低い声色から窺えた。何日も状況が変わらなくて気が滅入ってるせいもあるかもしれない。

私の背丈に合わせて丸まった背中を両手で抱き直す。薄いパジャマで、ごつごつした筋肉がよく分かる広い背中。




『確かに千くんは料理上手そうだよね。なんならわたしよりずっと上手そうだし、家事も一通りできそう』


「……」


『でもわたしは、煉獄さんに会えて嬉しかったよ』




最初にも言ったけど、私は煉獄さんのことがずっと好きだったから。他の誰でもない、煉獄さんに出会えたから嬉しかった。
肩口で黙り込んでしまった彼の頭をぽんぽんと撫でる。

ちゃんと帰ってほしいから必要以上に言うのはやめるけど、本当に「好きで」やってるからそんなに気に病まないで欲しい。
役に立つ必要なんてない。何かやらなきゃなんて思わなくていい。私のことで気負う必要なんかどこにもない。




『わたしこれでも働いてるから、人ひとりくらい養えるよ!煉獄さんならヒモ大歓迎!』


「…そこは男として養う側でいたいんだが」


『一般的にはそうかもしれないけど、わたしは養われるより養う方が好き』


「…君は逞しいな…」




体を離して、気合いを伝えるために両手でガッツポーズを作る。煉獄さんの家に比べたら一部屋もないくらい狭い家かもしれないけど、現代を生きてる人間の中で言えば決して貧乏な部類ではない。
社会人として人並みに稼いでるし、生活も安定してるし、今の私の年齢で結婚して相手を養う立場になってる同期も大勢いるはず。
豪遊することはできないけど、普通に生きてる分なら煉獄さん一人引き取ったところで大きな問題はない。だからそんなに気にしないで欲しい。




『そもそも煉獄さんは存在してるだけで最高に可愛いから、十分わたしの役に立ってるよ!安心して!』


「それは何度か聞いたが、俺は可愛い?のか?」


『うん!可愛い!!』


「…まあ、君が言うなら否定はしないが…。ありがとう、役に立ててるなら嬉しい」


『うん、だからほんと気にしないでね!ただえさえいろいろ不安だろうし…。
じゃあすぐご飯の支度するから、ちょっと待っててね』


「ああ」




ソファーに座り直した煉獄さんはだいぶ元気が戻ったように見えた。もう大丈夫かな。
まだ会ったばっかだから自分の家みたいに安心する場所にはなれないだろうけど、なるべく早く慣れてくれたらいいな。要らない心配はしてほしくないから。


台所に戻ってご飯の支度をする。
出来上がったのをテーブルに運ぶ頃には、にこにこした煉獄さんが行儀良く椅子に座って待っていた。






るだけで役に立つ推しという生き物


(プリン買ってきたから、後で一緒に食べようね!)
(君はまた何か買ってきたのか…)





END.





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