嘘が下手なタイプ
『(お、来た来た)』
いつもなら気が散るからと仕事中はカバンにしまっているスマートフォン。
今日は特例だからと、自分の中で勝手に許しを得てデスクの上に画面が見えるようにして置いた。
始業から少し経った頃、画面が明るくなってメッセージが現れる。
“おはよう”というシンプルな文字列は、今家にいる彼が打ったものだった。
『(おはよ、っと……)』
あんまりスマホばかり触るわけにもいかず、同じように短い文章で返してから仕事に戻る。
昨日の夜、とりあえず試しにやってみようと言って煉獄さんに教えたのはスマホにもパソコンにも対応しているコミュニケーションツール。
普段なら持ち歩いているモバイルルーターを家に置いて、家でパソコンが使えるようにした状態で今日は仕事に出た。
極力簡単に使えるようにと諸々の設定は昨日のうちに済ませて、紙でローマ字の一覧表まで作って。夜の間にメッセージと電話の練習をして、今日起きたら適当に試してみてと言ってあった。
『(さすがに呑み込みが早いなあ…)』
スピードこそ遅いものの、続けて“あさげをいただく”と来たので感心する。なんだ、普通に使えるじゃん。ケータイもパソコンも使ったことないのに凄いな。
再度短く“どうぞ”と返して目を手元の書類に戻す。
視力が落ちるかもしれないところだけが懸念点だけど、一旦は役に立ちそうで良かった。
これで変にそわそわさせないで済む。私がいつ帰るのか気にならせてただろうし。
今回のは練習でやってもらったけど、ずっと画面見てちゃダメというのは念を押しておいたのでこの後は最低限の連絡しかしてこないだろう。次はお昼にやる電話の練習かな。
何か制限がないと私が延々と連絡しちゃうから、歯止めがきく理由があったのは良かったかもしれない。
「中藤さん、ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
『あ、はい!』
先輩に呼ばれて立ち上がる。
静かになったスマホをポケットに入れて、声のした方へと向かった。
――
12時半。
なったと同時に電話が掛かってきたものだから少し笑ってしまった。
マナーモードで振動しているスマホだけ持って、人のいない廊下の隅へと移動する。
『もしもし』
《もしもし!!中藤!!聞こえるぞ!!》
機械越しに某有名声優のクソデカボイスが響く。ちょっと耳から遠ざけてスマホを構えたのは正解だった。
一応これでも音量は下げておいたんだけど。スピーカーにしたらとんでもないことになりそうだな。近くに誰もいないのは確認済みだけど、つい心配になってきょろきょろしてしまう。
家の中で電話を掛ける練習はしてきたけど、実際使うときも問題なさそうなので安心した。
私から掛けるときはもっと操作が簡単だし大丈夫だろう。これで何か緊急のことがあっても連絡が取れる。
「“もしもし”って何だ?」と言っていた昨日の彼を思い出しながら、電波の向こうの煉獄さんと会話を続けた。
『お昼ご飯は食べた?』
《いや!!時間になるのを待っていたのでまだだ!!》
『あれ、そうなの?大丈夫?』
《問題ない!!》
『そう?電話終わったらちゃんと食べてね。何か困ってることはない?』
《大丈夫だ!君と連絡できるようになったし、安心だ!!》
「未来の技術は素晴らしい!」と言う煉獄さんの声は楽しそうだった。そういえば昨日教えてるときも楽しそうだったな。
パソコンの画面がついただけで「おお」って驚いてたし、煉獄さんがパソコンで打ったメッセージが私のスマホで見れたときも「凄いな」って喜んでたし。
私も未来に飛ばされて未来のものを目にしたら似たような反応はするんだろうけど、“煉獄杏寿郎”のその反応は見ていてなんだか新鮮だった。言動が年下だと思えないくらい大人びてるから、そういうところを見ると微笑ましく感じるのかもしれない。
家ではしゃいでいる彼の姿を想像したら電話口で思わず笑ってしまい、それを煉獄さんに拾われた。
《どうした?》
『ううん、楽しそうで可愛いなって思って……年齢より大人っぽい印象だったから』
《ふむ…。君の中の“俺”を壊してしまったか?》
『え、あ、そういうわけじゃないよ!新しい一面が見れて嬉しかったし、わたしはどんな煉獄さんでも好きだから……あ』
悪い意味に捉えられちゃったかな、と慌てて否定したら自然と出てきた言葉に口をつぐむ。ついこの間不必要に気持ちを伝えるのはやめようと思ったのに。この気持ちは煉獄さんの荷物になっちゃうんだから。
「ごめん、また余計なこと言っちゃった」「忘れて」と立て続けにお願いすると、彼からは「うーん…」となんだか煮え切らない返事が返ってきた。
『…あれ、もうこんな時間!?ごめん、休憩終わるから切るね!
何かあったらまた電話かメッセージちょうだい、いつでも大丈夫だから』
エレベーターから部屋に戻る人が見えたから腕時計を見たら昼休憩終了3分前で、びっくりして煉獄さんにそのことを伝える。30分もあったのにもう終わっちゃったのか。体感だとまだ半分くらいだったのにな。
切る間際、煉獄さんが「無理せず頑張れ」と言ってくれて心の中で拝む。ありがとう。無限に頑張れるよ。
席に戻ってすぐにチャイムが鳴り、午前中やっていた仕事の続きに取り掛かる。
しばらくして再びさっきの先輩に別件で呼び出された私は、「何かいいことでもあった?」とニヤニヤしながら聞かれたのであった。
嘘が下手なタイプ
(分かりやすいんだよなあ…)
END.
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