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『大人二人』




乗り慣れたバスの運転手にそう言ってから二人分のお金を払う。
帽子を目深にかぶった後ろの人に気を遣いながら、まだ誰も座っていなかった後ろの席へと移動した。




『奥座って』


「ああ」




二人掛けの席の窓側に彼を座らせ、その隣に自分も腰を下ろす。
家を出てからずっと緊張で心臓がどきどきしていた。


昨日も先週のように二人で買い出しに行って、その後「ちょっといいか」と切り出された杏寿郎からの相談。
何でも言ってみて!と張り切って聞き出したところ今日このような事態になった。

“…杏寿郎の家?”
“ああ、もしもここが日本であるのなら…”





『(まさか本人と行くことになるとはね…)』




物珍しそうに外を眺めている彼のことを隣から眺める。


相談されたのは、「俺の家がある場所に行ってみたい」。
必ずしも自宅である必要はなく、彼と所縁のある場所ならどこでもいいと。
次元や時代が違うこの世界で共通点があるとすれば「場所」くらいだから、行けばもしかしたら何かが起こるかもしれない、と。

確かに今のところ時間ばっかり過ぎてる感じがあるから、こちらからアクションを起こすなら一番良い方法かもしれない。トラックに撥ねられるみたいなことしか考えられなくて本当に申し訳ない。
幸い私の家から都内には電車を乗り継げば数時間もせずに出れる。試す価値は十分にある。ダメだったらそのときはそのときだ。
時間や手間や金銭面のことを彼は気にしていたみたいだけど、「本人と聖地巡礼なんてもう一生ないだろうし」とむしろ私の方が乗り気だった。

ひとまず目的地をその場で調べた。出身地なら公式で情報が出ていたはず。一応本人にも確認した。
百年前とは地名が変わっていて、今は「桜新町」というらしい。ピンポイントで“ここ”という場所までは分からなかったが、歩いて回れる広さの町みたいなのでそんなに問題ないと思う。一日あれば事足りるだろう。


あのお屋敷みたいな家が今の都内にあるとはとても思えないしネットの地図からしても普通の住宅街だろうけど、もし万が一が起こるなら。
一応彼が初日に着ていた服と草履は紙袋に入れて持たせた。どうやってこっちに来たんだか知らないけど、ワープゾーン的なものが出現するなら手で持ってれば一緒に持ち帰れると思うし。
日輪刀だけは持って歩いてたら捕まっちゃうから家に置いてきた。大事なものなのに持たせられなくてごめんね。


イベントに行く日のオタクみたいな気合いの入れ方をしたら準備に2時間かかったけど、このまま予定通り行けば午前中に現地に着ける。




「本当に家が多いな。これで都会じゃないのか」


『まあ…うん。田舎ってほどでもないけど』




私の腕を掴んだ杏寿郎がこちらに身を寄せて小声で話す。


出掛けるにあたって金や時間は大した問題ではなかった。如何に他人にバレないか、これが最重要事項だった。
近所のスーパーだけでもだいぶ念には念を押していたけど、都内に行くとなったらそれの比ではない。バスや電車に乗らないといけないし、そもそも人の数が段違い。監視カメラだってあちこちにある。
髪の毛は買い出しのときより念入りに帽子に仕舞って、マスクも忘れずにつけて。話すのはなるべく小さい声にして、私みたいな声だけで分かるタイプのオタクに気付かれないように気を付けて。


次点で気を付けるのは「はぐれないこと」で、今日は常に彼が私の腕を掴んでいることになった。ほんとは逆にしようと思ったんだけど、「君は手を塞がない方が良いだろう」と言われたので任せることにした。スマホで道を調べながら歩くからその点はありがたい。




「うまく制御されているんだな。車と人が順番に…見ていて面白い」


『そう?あ、次で終点だから降りるよ』




初めて見るものが多いようで、唯一見える目元だけでも楽しそうに見えた。
車がないなら道路も信号もないよね。あって当たり前のものだから面白いなんて思ったことがないけど、改めて見ると確かによく考えられた仕組みだと思う。杏寿郎といるとこういう発見があるんだな。


駅に着いてバスを降りたところで上りのエスカレーターが目に入って、そそくさと壁際に寄る。







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