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期待をよそに、特に収穫がないまま地図で示された「桜新町」をすべて回り切ってしまう。
細い道も通れる場所は通った。四つ角も行ったり来たりして隈なく回った。今日のためにわざわざ地図をコンビニで印刷して塗りつぶしながら歩いたから、ミスでもない限りちゃんと全部行けてるはず。

これだけして何もなかったからさすがにがっかりしたのか、ゴール地点で杏寿郎は黙り込んでしまった。
どうしようかと迷った結果、ネットで調べた百年以上前からあるという隣町の神社へ立ち寄ることにして彼を先導する。




「来たことがある……気がする」


『ほんと!?』


「ああ、小さい頃だが」




今日初めて見せた嬉しそうな反応にこちらも嬉しくなる。住宅街より先にこっちに来るべきだったか。
私の腕を引いて歩き始めた彼の後ろを着いて行ったが、嬉しそうにしていたのも最初のうちだけだった。




『どうしたの?』


「…頭では分かっていたんだ」




日曜日の、参拝客がぽつぽつといる神社の隅っこで。
立ち止まった彼のすぐ隣まで歩み寄る。




「俺の家があった場所に行っても、見知った場所に行っても、だから何だって話になるのは。
仮に何も起こらなくても、行けば何か分かるかもしれないと思ったが…家ですらこんな状態なら、他の場所はもっと望みが薄いだろうな」




こちらを向いてくれない彼にかける言葉を探すが、上手いものが見付からない。

否定できない。自分の育った家、自分の育った町。間違いなく彼に一番馴染みのある場所で一番“可能性”がある場所だと思う。
それがこの状態なら、次は何処へ行けば良いのだろう。何処に行けば希望が見出せるだろう。


何も言えずにいると、不意に彼が「よし!」と言ってこちらを振り返った。




「これくらいで俺はめげない!また何か別の方法を考えるとしよう!だが、俺の為に金も時間も掛けてくれたのに無駄になって済まなかった!
この礼は…此処は人目があるから、帰ったら好きなことを言ってくれ。抱擁なら何時間でもするぞ!」




朗らかにそう言って笑う杏寿郎は一見すると元気なように見える。
が、今はそれが見ていてとても辛かった。




『…辛いときは辛いって言わないと、疲れちゃうよ』


「!」


『レンは…あんまり、言い慣れてないかもしれないけど』




私を掴んでいた腕がピクリと揺れる。


無理して笑っていることくらい見れば分かる。私がこの人を“そういう人”だと認識しているせいかもしれないけれど。
辛くても辛いとは言わない。苦しくても笑って元気に振る舞って見せる。もう無意識のレベルでそうやって生きているのかもしれない、この人の場合は。

甘えたってどうにもならない、辛いと言っても何も変わらない、挫けずに柱として戦わなくてはならない。
そういう環境で育ったから、自分で自分を励ましながら生きるのが当たり前になっちゃったんだと思う。




『頑張り屋さんなのは知ってるし、それがレンの良いところだとも思ってるけど、でも、ときどき心配になるよ……』




頑張りすぎて、傷がどんどん増えてるんじゃないかって。


遠くに鳥のさえずりと人の声が聞こえる中、自分だけが一方的に喋っていることに気が付いて慌てて謝る。




『ご、ごめん、部外者が偉そうに…』


「何故謝るんだ、俺を心配してくれたんだろう?」




人目が、と言っていたのに腕を引っ張られてそのまま抱き締められる。
「そうだな」とマスク越しに囁いた彼の声はさっきよりもいくらか柔らかかった。




「向こうでは俺は先頭に立って戦うべき立場だし、後輩の手本にもならないといけない。弟の前でも俺はしっかりした兄でいたいし、父上や母上が誇れるような息子でありたい。
…でも今は、それらが全部必要ないというわけだ」




それだけ言うと杏寿郎は身体を離し、私の両肩に手を乗せる。
しばらくこちらを真っ直ぐ見つめた後、彼はふっと目を細めた。




「君をもっと知りたい」


『え?』


「君は俺のことをよく知っているのに、俺は君の好物すらまともに知らない」




不公平だと思わないか、と唐突にそんな話が始まる。大した人間じゃないから別に知らないままでもいいと思うけど。
そう返したら「俺の命の恩人だぞ」と反論され、そんな大袈裟な、と眉を顰めた。




「俺が君のことで知ってることといえば、めっぽう優しいことと、何故か俺のことを好きなことくらいだ」


『ああ……うん、もうそれで全部でいいよ』


「投げやりになるな。こうなったら君ととことん仲良くなって、帰ったら弟に向こうでこういう友達ができたと話す」


『だからそんな大層な人間じゃないんだって……』




わざわざ話すようなこともないけど、今知ってる情報がそれだけっていうのもなんか恥ずかしいな。
まあでもとりあえず元気が出たみたいだから良かった。


神社で彼が無事に帰れることを祈ったついでにお守りも二人分買ってから、夕飯は何が食べたい?なんて話をしながら日の傾いた空の下を並んで歩いた。






自宅訪問 後編


(帰り道も気を抜かずにね〜)
(ああ、気を付けて帰ろう)





END.






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