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「なるほど、思ったより大変なことになったな!」
一人分しかないダイニングチェアに腰かけて、あんまり大変そうには思えない声で「彼」が言う。
今朝、何故だか分からないが道路に突っ立っていた“煉獄杏寿郎”。
こちらからすれば漫画の世界の住人なのでまだ頭が着いていけてないが、そこにいるのだからしょうがない。刀を所持していたので捕まる前に捕まえてきたが、これからどうすればいいのかはさっぱり分からない。完全にノープランだ。
詳しい話はおいおい聞くことにして、ひとまずお客様ということでお茶を用意してみる。残念ながらうちには温かい緑茶がなかったので、透明のシンプルなコップに冷たい麦茶と氷を入れて出した。
まあ、煉獄さんなら湯のみに入った緑茶をすすってそうというのは私の勝手なイメージだけど。
せめてもう少し可愛いコップが用意できれば良かったのだけど、一人暮らしだし人を呼ぶことがないし、他にあるとすれば買ったのに使ってないキャラ物のマグカップくらいだ。これだからオタクは。
「血鬼術で知らない街に飛ばされたのかと思ったんだが、まさか全く別の世界だとは思わなかった!」
『誰かと戦ってたんですか?』
「それがまた、全然思い出せなくてな」
「困った!」と元気良く言う彼は全然困ってそうに見えない。ほんとにこういう人なんだな、と妙に納得してしまう。ここにいるのは見た目も言動も私の知る“彼”そのものだった。
とはいえ初対面には違いない男を部屋に上げてしまうのは女としてどうかと思うのだけど、嘘をついているようには見えないし困ってるのなら力になってあげたい。相手がこの人なら尚更。
お茶を出してはみたものの、一向に口をつけようとしないあたり向こうも警戒しているのだろうなと思う。当然か。
『わたし、毒見しましょうか?』
「あ……すまない。君のことを怪しんでいるわけではないんだが…」
『少し貰いますね』
知らない場所で知らない人に出されたものだ、できるなら飲みたくないだろう。でももし喉が渇いてるなら遠慮はしないで欲しい。
グラスに入った麦茶を少しだけ自分のグラスに移し替えて一気に飲み干す。…ああ、会社に連絡入れておかないとなあ。近くにあったソファに腰を下ろして、ポケットに入れてあったスマホを取り出した。
『(頭が痛いので休みます……と)』
「それは何だ?」
『スマートフォンです。今日は仕事休もうと思うので、上司に連絡しときました』
「連絡……君はさっき仕事に行こうとしていたのか?悪いことをしたな」
『いえ、気にしないでください。どう考えても煉獄さんが優先なので』
有休はまだ残ってたはずだし、休んでも特に問題はないだろう。というかこの人がいるのに呑気に仕事に行けるはずがない。一日何も手に付かないまま終わるのが目に見えている。
文字を打っていたら彼が黙ってしまったので気になって顔を上げたら、お茶の入ったグラスを手に持った彼が眉をハの字に下げていた。
『…!!? ど、どうしました!?何か困りごとでも!?』
「いや、まだ会って間もない君に随分と迷惑を掛けていると思い……」
『そんなこと気にしなくて大丈夫です!むしろどんどん掛けてください!わたしにできることは何でもするので!!』
漫画でもあまり見たことのない顔をされてしまい、慌てて早口でまくし立ててしまった。ダメだ、こんなんじゃオタク丸出しだ。普段を考えたらかなり頑張って落ち着いてる風を装えてるけども。
ここで煉獄さんに嫌われたら私はこのさき生きていけないんだから、どうにか踏ん張れ。外面だけでもいいから落ち着かないと。表に出さないように気を付けながら、心の中で大きく深呼吸する。
私の言葉にきょとんとした煉獄さんは(かわいい)、「ありがとう」と言って初めてグラスに口をつけた。
「良ければ君の名前を教えてくれないか?」
『えっ…と、中藤明華です』
「そうか。君には知られているようだが、俺は煉獄杏寿郎だ。
なるべく早く帰れるよう努力するが、しばらく世話になってしまうかもしれない」
「よろしく頼む」と深々頭を下げられて動揺してしまう。
私相手にそんなことしなくていいのに。育ちが良いのは知ってるけど。
そして当たり前だけど、他人行儀な彼にどことなく寂しさを感じてしまった。私が勝手に知ってるだけだからこれが普通の反応なのに。
二次元相手に本気で夢見た時点で分かっていたつもりだったけど、一方通行前提の片想いって思っていたより切ないものかもしれない。
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