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「それにしても、中藤はよく俺を家に上げたな。てっきり他にも人がいるんだと思ったが、誰もいないようだ」


『(名前…!!) …っはい、一人暮らしなのでわたししかいません』


「それは…些か不用心だな。何かあったらどうする」




「俺が言えたことではないんだが」と彼が苦笑した。本当にその通りなので返す言葉もない。
改めて言われるまでもなく分かってはいたけど、それでも家に連れてきたのは、やっぱりこの人がこの人であるからで。

異世界からやって来たなんて言われても簡単には信じられないし信じる気もない。今でも完全に信じられてはいない。
でも、現に目の前にいて。こうして動いて喋っている。その事実が今ここにある以上、私が取る行動はほぼ決まっている。




『…わたしが信じたかったんです。煉獄さんが、煉獄さんであることを。
それでもし何かあったら…それは、わたしの責任です』




この人は、きっと私の思い描いている人だろうと。そう思いたかった。
本人が自分を煉獄杏寿郎だと言っていて、私も本当にそうなのかもしれないと思えるうちは。

結局のところ自己満足に過ぎなくて、それで命に関わるようなことがあれば救いのない話だけど、




『それくらい、わたしは貴方のことが好きでした』




ただただ、それに尽きる。




「…君の知っている俺がどんな人間なのかは知らないが、あまりそういうことを男に言わない方がいいぞ!」


『今のところはわたしの知ってる煉獄さんです。だから遠慮せず、何でも言ってくださいね』


「うむ、まだ警戒心が足りないが、君が優しいことはよく分かった」




良ければ、俺にこの世界のことを聞かせてくれないか?

穏やかにそう言って笑った彼に、「喜んで」と返して空になったグラスにおかわりを注いだ。




――




「にわかには信じがたいが…」




どこから話せばいいのか、どこまで話していいのか。手探りではあるけれど大まかに説明をする。

煉獄さんは“漫画”と呼ばれる本の中に出てくる架空の人物で、その本が有名なので煉獄さんもたくさんの人に知られていること。
漫画では架空の大正時代を題材にしており、この世界に鬼は存在しないこと。また、実際の大正時代は現代より100年ほど前の時代であること。

さすがに本編の話をするのは気が引けたので、あくまでもざっくりとした説明に留めた。




「君の持ち物も、街並みも、この家の造りも、俺が知るものとはだいぶ異なる。
俺は君の言うことは本当だと思ったが、俺自身は君に何も示すことができないな」


『煉獄さんの目の色、この世界だと有り得ない色してるのでわたし的にはそれで大丈夫です』


「確かに珍しい色だとは思うが…そんなことで大丈夫か?」




ちゃんと向かい合って話をしたかったので、自分の部屋から勉強机用の椅子を引っ張ってきて座る。二人で使うにはこのテーブルは小さい。万が一お客さんが来たときを考えてもう少し大きいのを買えば良かった。

異世界から来たことをすぐに信じた私を心配してくれるのか、煉獄さんが怪訝そうな顔をして首を傾げる。その髪の色と目の色はやろうと思っても真似できないと思うし、判断材料としては良いと思うのだけど。特に目なんて、カラコンじゃなければ色なんて変えられない。そう伝えたら「カラコンとは何だ」と返されてしまい、その説明から始まる。




『カラーコンタクトって言って、こう…目に入れて、瞳の色を変えるんです』


「目に直接入れるのか?随分痛そうだが、何のためにするんだ?」


『おしゃれ…としか……。入れっぱなしにしなければ別に痛くはないですよ』




こんなことを教えていいんだろうか。余計な知識を身につけさせて、元の世界に戻ったときに支障が出ないだろうか。話しながら脳内でぐるぐる考える。
カラコンを知ったところで具体的にどんな支障が出るのかは思い浮かばないけど、自分のせいで変なことになったら煉獄さんに申し訳ない。何でも言ってくださいとは言ったものの。

出来れば質問には全部答えてあげたいけどな。矛盾する思いで一人、葛藤する。




「ちょこれえと…初めて食べたが、美味いな!」


『大正時代にもあるみたいですけど、普及はしてないみたいですね』




会社で食べようと思っていた朝ごはんの菓子パンを頬張る。煉獄さんには明日食べようとしていたパンと、おやつに買ってあった個装のチョコをあげた。大したものがなくて申し訳ない。
調べてみたらパンは大正時代にも比較的流通していたようで、彼もそんなに抵抗なく食べていた。チョコは初めてだったみたいだけど。


お互い少し落ち着いたところで、そろそろ本題に入ろうと思い口を開く。







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