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「それはそうと、親御さんや友人に会いに行くのなら俺に構わず出掛けて良いぞ?今のところ君は、仕事以外は家にいるようだが」
『え、杏寿郎以上に大事な用事なんかないよ』
「! …はは、はっきり言ってくれるな」
「ごちそうさまでした」とスプーンを置く。
この十日間は俺に付きっきりだったから、そろそろ出掛けたい用事でもあるのかと思ったがその返事がこれだ。嘘をついているようには見えない。清々しいな。
俺が居るせいで明華はほとんど出掛けられていないし、買いたいものも遊びに行きたいところもたくさんあるだろうと思っていたのに。
それなら、と別の提案をしてみる。
「明華は俺と行きたいところはないのか?」
『え?』
「俺とやりたいことは家に居てもできることなのか?俺はいつまでここに居るか分からないぞ」
帰れる気配がないとはいえ、突然帰る可能性がある以上やりたいことがあるなら早めにやっておいた方がいい。
特に昨日は俺に付き合ってもらったから、次は俺が明華の行きたいところに付き合いたい。ないならないで良いが、と言う前に悩み始めた彼女を見て何かしら思い当たる節があるんだろうなと推測する。
多分この子は優しいから俺から言い出さないと言ってはくれない。良い機会だから、どうにかして聞き出そうと思った。
「何でもとりあえず言ってみれば良いじゃないか。俺には難しそうか?」
『行きたいとこ…は、あるにはあるんだけど……』
「じゃあそこへ行こう。もちろん無理にとは言わないが」
『…もしほんとに行くなら、平日に休み取って行くべきだろうなあ』
「そ、そんな大掛かりなのか?」
『土日は混んでると思うし、チケットも取らないとだし』
「うーん」と唸る明華はとても悩んでいる様子だった。休みを取って行くとなると結構離れた場所に行こうとしているのかもしれない。遠ければ遠いほど気掛かりも多くなるので、確かにそこは悩みどころだ。俺が堂々と歩けないばっかりに。
しばらく無言で悩み続けた彼女は、やがて顔を上げると意を決したような顔で口を開いた。
『もし……もし来週まで家に居たら、お願いしちゃうかも…しれない』
「よし、承知した!」
何処にでも行くぞ!と意気込む俺とは裏腹にどこか浮かない顔をしている明華。行きたいと言った割にあまり乗り気ではなさそうなのが少し気になるが、まあ大方俺の存在が周囲に露見することが心配なのだろう。でも昨日は何時間も街中を歩いて無事に帰って来れたから次も同じようにすれば大丈夫なはずだ。
俺も明華の行きたいところがどんな場所なのか興味があるし、行けるのなら是非行ってみたい。
「楽しみだな!」
『楽しみ…なの?』
「ああ、楽しみだ!」
何処へ行くのかは知らないが!と続けたら明華が苦笑いした。やはりあんまり乗り気じゃないな。
なるべく心配を掛けないように、俺も早く明華が安心して出掛けられるような変装の仕方と振る舞いを身に着けなければ。そうしたらもっと明華のやりたいことを叶えてやれるはずだ。
それがきっとここに居る間の“お代”になる。頑張ろう。
皿を洗っている間もどこか考え事をしている様子の明華を眺めながら、
明華がそんな顔をしているのは、もしかしたら俺が来週まで帰るつもりがないことを心配しているせいなんじゃないかと、
ふと、唐突にそう思った。
完全に無意識
(…そういえば、)
(帰れないことに不安を抱かなかったのは、これが初めてかもしれない)
END.
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