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中藤さん、今日元気ないみたいだけど大丈夫?


会社の休み時間に上司からそんなことを言われ、やっぱり分かりやすい人間なんだなと思いながら帰路に就く。
たまたま座ることのできた電車の席で重い身体を壁に預けた。




『(わたしが言わせちゃった……よなあ)』




――“楽しみだな!”
昨日杏寿郎に言われた言葉が、今日一日頭の中で何度も反芻している。


来週もし、まだここに居たら。そういう条件の頼み事に対して彼は笑顔でそう答えた。
あれはどういう気持ちで言ったんだろう。びっくりして思わず聞き返しても同じことを繰り返されたから、きっと彼は本気でそう思っていたんだと思うけれど。

本当に“楽しみ”なの?来週出掛けるってことはイコールそれまでの間に帰れなかったってことなのに。
帰りたくなくなった?もう少し居たくなった?…そんなことはないと思う。前にも似たようなことを言ってくれていたけど、別にあれは彼が帰りたくなくなったから言ったわけじゃない。

帰れるならすぐにでも帰りたいんじゃないか。帰り方が分かったなら即実行するんじゃないだろうか。
だとしたらあの言葉は、きっと私が「言わせた」言葉だ。




『(わたしが望んだから?それとも、この前のお出掛けが楽しかった?)』




杏寿郎は優しいし家に置いていることを気にしてるみたいだから、どうも私から頼み事を聞き出そうとしてくる。今回も私が行きたいところに付き合おうとしてるのかな。だからあんなことを言ったのかな。
他に考えられるのはこの前少し遠出したのが彼にとって良い思い出になった可能性だけど、あの日は手掛かりが見付からなくてしょんぼりしていた印象が強い。でも行き掛けとか途中立ち寄ったお店とかでは確かに楽しそうにしてたから、全然楽しくなかったとは言えないのかも。
だけどそれが帰りたくなくなるほどとは到底思えないし、仮にそれほど楽しかったのだとしたらそう思わせた私に責任があるんじゃないのか。




『(好きって言い過ぎた?距離を詰め過ぎた?世話を焼き過ぎた?……)』




ホームのエスカレーターを上がりながら原因を考える。この前すぐ後ろに杏寿郎が居たことを思い出した。
仲良くし過ぎただろうか。そのせいであの言葉を言わせてしまったのだろうか。でも同じ家に居るのに他人行儀のままだったらお互い気まずいし、打ち解けるなら状況的に私の方からじゃないとおかしい。私が家まで連れて来たんだから。

そう思うとある程度は仕方ないとも思えてきた。もし立場が逆で私が見知らぬ誰かのお世話になりっぱなしだったら、きっと杏寿郎と同じように考える。
お金で払えないなら身体で払うしかない。手伝えることは何でも手伝おうとするだろうし、その人の行きたいとこがあったら付き合おうと思うだろうな。
相手とそれなりに仲良くなっていたのなら、“それ”を「楽しみだ」と表現することだって考えられなくはない。


とぼとぼと改札を出ながら、ハァ、と短く溜息を吐いた。結局諦めちゃってるじゃん。
そもそも過ぎたことをいくら考えたところでもう戻れないわけで。今更距離を取ってもただ不自然なだけだし、彼も変な心配をし始めると思う。
こうなったら来週までに帰ってもらうしかないな。そしたら何もかもが丸く収まる。せっかく楽しみだと言ってくれた杏寿郎には悪いけど、その感情は本来持つべきものではないと思うから。




『(まあ、帰り方が分からないからこんなことになってるんだけど…。…あ、バス乗ったって連絡しなきゃ)』




乗り込んだバスが発車したところでふと我に返ってスマホを取り出す。最近追加した「レン」という名前の友達の欄を選択した。
「今バス乗ったよ」というメッセージを作成して送信ボタンを押す。返ってくるのか分からないメッセージ。
これが初めてではないけど、毎回送るたびに妙な緊張をしてしまう。

数分もしないうちに付いた既読マークを確認して、ああまだ居るんだなと、喜んでいいのか分からないその事実に今回もほっとしてしまった。







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