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「なんだか浮かない顔をしているな」
諸々を済ませてあとは寝るだけ、のところで掛けられた言葉は今日どこかで誰かに言われたものと似ていた。
『え?…そう?』
「ああ。飯の間も無理して笑っているようだった」
変わらず家に居た杏寿郎が私に続いて部屋に入ってくる。
最初の頃に感じていた恥ずかしさも違和感も、十日も経てばもうだいぶ抜けてきた。
『そっか……ごめんね、気遣わせて』
「いや、遣わせているのは俺なんじゃないか」
「違うか?」と先にベッドに腰掛けた杏寿郎に聞かれて返事に困る。
肯定はしづらいけど否定したら嘘になるし、何でもないって言ったらまた気を遣わせるだろうな。
黙り込んでいたら「おいで」と彼の隣を示されたので、その行動と仕草に少しだけ胸を鳴らしてからそこに腰掛けた。
「多分、昨日俺が言ったことが引っ掛かっているのだろう?困らせて済まないな」
『…ううん、悪いとしたら全部わたしだから……』
「明華が気に病むことじゃない」
頭を撫でられて、場を弁えずに鼓動が速まる心臓を手で押さえる。今はそんな場合じゃないだろうに。
杏寿郎の指摘は的確で、上手く誤魔化せる気がしなくて素直に頷いた。本当にこの人は他人のことをよく見ている。
気遣ってくれる言葉を嬉しく思いながらも、「でも…」と呟いたら杏寿郎はその続きを遮るようにして私の肩に手を置いた。
「俺は本当に楽しみだと思ったんだ。言った後で、明華が心配してくれてることに気が付いた」
『…そうなの?』
「ああ、だから俺が無理して付き合おうとしてるなんて思わなくて良いぞ?あのときの俺は何も考えてなかったからな!」
はっはっは、と彼が陽気に笑う。取り繕っているようには見えなかった。
私の心がぐらついているのが分かったのか、追い打ちをかけるように杏寿郎が笑顔でぐっと拳を作る。
「俺は明華の行きたいと思ってるところに行ってみたい!でも来週自分がどうなってるかは俺にも分からん!
だから君の言っていた通り、俺がまだ此処に居たら是非一緒に行こう!居なかったらそれまでだ!」
「これでは駄目か!?」と眩しいくらいの笑顔で言われて何も言い返せなくなる。
言い方に勢いがあるから有無を言わせない感じに聞こえるけど、言葉には優しさと気遣いが滲み出ていて。この人の人柄がよく分かる。だから多くの人に慕われるのだろう。
「すべては成り行きだ!どっちに転んでも君のせいではない!!安心しろ!!」
『…うん、ありが……』
ぐぅ〜……
お礼を言ったと共に気の抜ける音が部屋に鳴り響き、思わず二人して固まる。
バッと両手でお腹を押さえたのは杏寿郎の方だった。
「す…済まない、腹の虫が…。格好つかないな!」
『ふふ、お腹空いたの?』
「い、いや決してそんなわけでは…!!」
杏寿郎がブンブンと首と両手を振る。時刻は夜の11時を回ったころ。
こっちに来てからずっと私の食事の量に合わせてるから、大食いの彼には足りてなかったのかもしれない。一応ご飯やおかずは私のより多めに盛っているつもりだけど、あからさま過ぎると遠慮されちゃうかと思って気持ち程度だったから。
今からの夜食は身体に良くなさそうだし、何か良い方法は…と考えてとある案を思いついた。
『ねえ、明日もし予約取れたら夕飯は外で食べない?』
「へ?」
『ちょっと行きたいところがあるの』
「付き合ってくれる?」と聞いたら「勿論!」と元気のいい返事。ありがとう、と笑って返す。
あそこなら杏寿郎はきっと気に入ってくれると思う。最近全然行ってなかったし、女友達とはあんまり行かない場所だしちょうどいい。さっきの気遣いのお礼も兼ねて。
今日会社で考えた“試してみたいこと”は明後日やるつもりだから、明日は特に何もないし。
電気を消して布団に潜りこむ。
後ろから伸びてきた腕に捕まったのを確認してから、暗闇の中で目を閉じた。
未だ夢は醒めず
(…これだけはまだ、ちょっと恥ずかしいな)
END.
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