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風が吹き抜ける中、ただただ無言の時間が続く。




「……」


『……』




出掛けるときは常にはぐれないようすぐ隣にいた。でも今は違う。
手を伸ばしても届かない、3メートルほど先で佇んでいる彼のことを見失わないようにじっと見つめる。向こうもこちらを真っ直ぐに見ていた。
手には紙袋と、バスタオルで包んだ長物。


ちらり、スマホの画面を確認する。かれこれこの状態で30分が経過していた。




『……ダメだ』




これ以上は止めにしようと彼の方へと駆け寄る。彼もまた、「駄目そうだな」と言いながらこちらへ歩いてきた。


時刻は朝、いつも仕事に行くために乗るバスが発車したであろう時間を10分ほど回った頃。
杏寿郎には家でゆっくりしてもらってる時間だけど今日は早めに起きてもらった。この時間にこの場所で試したいことがあったから。
結果は失敗だったけども。

今日で彼が来てちょうど二週間。同じ曜日の同じ時間に、彼がこの世界で最初に降り立った場所に行けば何かが起こるんじゃないかと思った。
彼曰く目が覚めてそんなに経たないうちに私と出会ったから、ここへ来て私と出会うまでは長くてもせいぜい15分くらいだろうと。実際彼が倒れていた場所と私達が出会った場所は歩いて数分も掛からない。
問題はどの程度の間道端で倒れていたかだけど、いくら朝で人通りが少ないといえ全く誰も通らないってことはないわけで、そんなに長い時間倒れていたら別の誰かに発見されていたと思う。
それを踏まえてなんとなくの時刻を割り出して、余裕を持って家を出て“その時”を待った。しかし何も起こらなかった。
あの日私はバスに乗ろうとした途中で杏寿郎と出会ってるから、バスの発車時刻より遅いはずがない。つまりは失敗だ。


もしかしたら時間のズレみたいなのが発生することがあるのかもしれないけど、何もない場所でただ突っ立ってるのは周りから見れば何やってるんだとなる話で。あんまり長居するのは良くないから、ある程度で見切りをつけてマンションへ戻る。怪しい人だと思われたら困る。
近所ならどうにかなるかと思って日輪刀も持って来ちゃったし。一度サラリーマンとすれ違ったときは少し焦った。

さらに言えば、私も仕事に行かねばならないからのんびりここで突っ立っているわけにはいかない。今日は休みは取っていない。
普段から会社で朝ごはんが食べられるよう早めに動いてて良かった。多少バスを遅らせても始業には間に合う。




『ごめんね、せっかく起きてもらったのに』


「気にするな。俺の方こそ、忙しい中ありがとう」


『ううん、大丈夫!それじゃ行ってきます!』


「ああ、行ってらっしゃい」




杏寿郎を家まで送り届けて、自分はそのままバス停にトンボ帰り。
玄関で抱き締めてくれた彼の背に腕を回す。嬉しさと同時に感じる罪悪感が今日は一段と強かった。




『(矛盾してる…のは、分かってる)』




ドアを閉めれば、もう彼の姿は見えない。


自分から帰らせようとしたのに、失敗してどこか安心している自分がいた。来週までに帰ってもらおうと思ったからこうして実験しているのに、その失敗を喜ぶなんてどうかしてる。
頭の中で自分が二人に分かれて戦っていることは私が一番よく分かっていた。

帰らせてあげたい。帰るべきだ。こんなに長い間帰れないとこちらも心配になる。そろそろ帰ってほしい。
帰らせたくない。まだ帰ってほしくない。もう少し傍に居てほしい。もしできるのなら、このままずっと、……。




『(…仕方ないよね、好きなんだから)』




これが別の誰かだったらまだ違ったと思う。よりにもよってあの人だからこんなに悩んでいる。
会えるはずのなかった、私の大好きな人。


来週までに彼を帰らせられるのか、期限が来て強制送還されるのか、このまま居座り続けるのか。帰る方法が分からない以上今のところはどうなるか分からない。
ただこれ以上この“夢”が続いたら、もう夢では終わらせることができないような気がしていて。後戻りできなくなりそうで怖くて。
杏寿郎も何だか帰ることに対して楽観的になり始めてきているから、いろんな意味でできれば来週までに帰ってほしい。そう考えている自分が、現時点では少しだけ勝っている。




『(また何か…方法を考えないと)』




今朝のも失敗しちゃったから、別の案を出さなければ。来週までに帰らせようと思ったらもう時間がない。
私は平日は朝と夜くらいしか動けない。休日はこの週末、二日間だけ。動ける時間もだけど考えられる時間も限られている。
休日に何かするなら今日明日で案をまとめて計画を立てなければいけない。なんだか突然忙しくなってしまった。
…でも、自分のせいか。行きたいところがあるか聞かれて咄嗟に“来週”って言っちゃったのが悪いんだ。

今日、仕事ちゃんとできるかな。今の頭は彼のことでいっぱいだ。
どうか面倒な仕事が振られませんようにと祈りながら見慣れた駅へと向かった。







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