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「明華!!済まない!!出迎えられなかった!!」




お風呂から上がって廊下に出るなり、間髪入れずに杏寿郎が突っ込んできた。
まさか目の前に居るとは思わなかったのでびっくりして体を強張らせる。が、すぐに状況を理解して力を抜いた。




『あー…いいよ別に、わたしが朝早くに起こしちゃったから…』


「それは関係ない!!あれくらい何ともない!!
ちょっと風呂上がりにうたた寝していたら、そのまま寝てしまったみたいで」




ぎゅうぎゅう抱き締めてくる彼はだいぶ慌てている様子。何か悪いことをしたわけでもないでしょうに。
今朝早く起こしちゃったのは事実だし、眠いなら好きなだけ寝ててもらっても全然構わないのに。

謝らなくていいよ、と頭を撫でたけど身体を離した彼は見るからにしょげていた。




「君を出迎えるのは俺の役目なのに…」


『あはは、そんなに気にしなくて大丈夫だよ』




いつからそう考えるようになったのか。分からないけど、私の帰りを待っててくれようとしてくれているのは嬉しかった。

「寝起きでご飯食べれる?」と聞いたら「俺はいつだって食えるぞ!」と元気な返事をもらったので、その姿に頬を緩ませながら夕飯の支度を始めた。




――




今日会社で考えていたことを彼に話してみる。
来週までに、という単語には触れなかったけども。




「まあ…すぐにできそうなことならやってみるが、いろんな場所を転々とするなら何日かに分けるべきじゃないか?
そうまでしてでも今すぐ帰ってほしいと言うのなら着いて行くが…」


『あ、いや、決してウチに居るのが迷惑ってわけじゃないんだけど!……もう二週間だよ?旅行にしては長いよ』




杏寿郎もさすがにそろそろ帰りたいんじゃないの?と夕飯のハンバーグを切り分けながら聞いてみる。
正直なところ、彼はどう思っているのだろう。答えを聞くのに少し緊張した。




「…そうだな、できれば帰りたいとは思う。ただそれは君に迷惑を掛け続けるのが申し訳ないからで、此処に居ることが嫌になったからではない。
俺には友人がいないから、君とこうして過ごせるのは楽しいんだ」




もちろん炎柱としてずっと此方に居るわけにはいかないがな、と付け加えられる。
もぐもぐしている杏寿郎の顔を見つめたまま言われた言葉の意味を考えてしまった。

…友達がいない?この人に限ってそんなことが有り得るのか?




『え、鬼殺隊のみんなは?仲良いでしょ?』


「ああ、仲は良いと思っているが…あくまでも仕事仲間だからな。一緒に飯を食べることくらいはあるが、遊びに出掛けたことはない。そんな時間はないと言う方が正しいかもしれないな。
柱にもなると余計に……仮に空き時間があっても、大抵は鍛錬に充ててしまうし」




まとまった休みがあるとしたら病気か怪我で動けないときだからな、と杏寿郎が笑う。ああそういう意味か、と。

要するに友人というのは共通の趣味や話題があって一緒に遊ぶ人のことで、彼にはそういう人がいないと。仕事仲間と友達は別という考え方は私も理解できる。
この人は観劇が趣味だったと思うけど、一緒に行くのはお父さんや千くんだったのかな。家族は友人とは呼ばないし。

仕事仲間イコール友達のパターンとして「知り合ったきっかけが仕事だった」というのはあると思うけど、鬼殺隊という組織ではなかなか難しいのだろう。
鍛えて戦って傷ついて、治ったらまた戦って、を繰り返している彼らが都合を合わせて遊びに行くというのは確かにハードルが高そうだ。

物心ついたときから柱になるために鍛錬して、鬼殺隊に入ってからは数少ない休みを家族と過ごすのに使っていたとしたら。
ストイックなこの人なら容易に想像がつく。遊ぶ時間なんて限界まで削って生きているのだろう。
そんな彼が今、戦う必要のないこの世界にいる。暇を持て余したのはもしかして人生初なんじゃないだろうか。やたらと仕事を欲しがるのにはそういう意味もあるんじゃないだろうか。
私より若いのに。本来なら、今がきっと人生で一番楽しい年頃だろうに。




『…そう言われちゃうと、いろんなとこ連れ出したくなっちゃうな』


「変装もだいぶ慣れたぞ!そういえば、来週の休みと券は取れたのか?」


『それ言ってた次の日に取ったよ』


「なんだ、君はその上で今朝俺を帰そうとしたのか?」




もし帰ってたら両方とも無駄になってたじゃないか、と杏寿郎がふくれる。だってあの実験は今日試さないと次は一週間後だったから。それじゃ“間に合わない”。
私を心配してくれることは嬉しい。私のために残ろうとしてくれていることも嬉しい。楽しいと言ってくれるのなら何処にでも連れて行ってあげたいし、帰れないことを言い訳にして目一杯遊ばせてあげたい。
でもきっとそれは全部、「良くないこと」だよね。分かってる。分かってるよ。

やることは変わらない。来週までに帰ってもらうために行動するだけだ。期限は今日を抜いてあと5日間。
いろいろやってそのうちのどれかが当たるか、強制的に帰ることになるか、全部ダメで“間に合わない”か。どうなるかは私にも杏寿郎にも分からない。
彼の言っていた通り、結局「すべては成り行き」なのだろう。


ただそのうちのどれを“望む”のかは、私の中ではっきりとしていた。









(正しいものを望めない自分が、嫌だ)




END.







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