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『帰れそうな方法とか、手掛かりとかって…何かあります?』
「ない!!」
あまりにもはっきりと言われてしまい、「そうですか…」としか返せなかった。元気があるようで何よりだけども。
私としてはこのまましばらくいてほしいくらいだが、本人が望む以上は帰してあげたい。推しが困ってるなら助けてあげないと。
しかし何も思い当たることがないとなると、どう手を貸したものか。煉獄さん曰く、「なんであそこにいたのか、いつどうやってここに来たのか分からない」とのこと。
気付いたらあの道に倒れていて、訳が分からなかったところにちょうど私が出てきたから声を掛けてみたらしい。
気付いたら、ということは少なくとも直前まで意識がなかったということ。もしくは記憶が飛んでいるか。
一番ありがちなのは「寝て起きたら別世界でした」ってやつ?他は「トラックに撥ねられたと思ったら」…みたいな。いや、それはこっちから向こうに行くときか。
向こうの世界で死にそうになった直前に、というのは鬼滅のストーリー上有り得ない気がする。直前も何も、この人の場合……。
…となるとやっぱり鬼に何かされた線が怪しいけど、そんな鬼は漫画で出てこなかったしなあ。描かれなかった部分だとしたら私は知らないし知りようもないので、力になってあげられない。
『(ご都合血鬼術だとしたら都合が良いのはわたしになっちゃうし…。全国にこの人のファンがいるんだから、わざわざわたしの前に現れるのは変だよね…)』
「…どうかしたか?」
『あ……いえ。もし何か思い出したら教えて欲しいです』
「ああ!」
『とりあえず、狭いですけどうちの案内だけしておきますね』
すぐ帰るかもしれないけど、まあ一応説明だけでも。
マンションに一人暮らししている人間の部屋なんて案内するまでもないと思ったが、これが案外時間が掛かった。
まず、「トイレ」と言っても話が通じない。カラコンと同じように言葉そのものが分からないので、説明に使う単語にも気を付けないといけなかった。トイレットペーパーも“見慣れないもの”判定されてしまい、普段当たり前に使っているものの説明から始まる。「異世界から来た」ことを存分に思い知らされた。
リビングではテレビが気になったようなので、特に見る番組はなかったけど適当にチャンネルを回してみる。どういう仕組みなのか聞かれたけど残念ながら私には答えられなかった。その道に詳しくはないので。
隣に置いてあったゲーム機も気になってたみたいだけど、やり始めると長くなりそうなので一旦スルー。台所も変に触ると危険そうなボタンの説明だけして終わり。
電子レンジは使うときに説明するからと飛ばして、冷蔵庫は開けてもいいけど開けっ放しはやめてとだけお願いする。
洗面所、お風呂場と回って、残るは自分の部屋のみ。正直入らせたくないけど、昼寝したいとか言い出したらベッドはここにしかないもんな…どうせそのうち入るだろうしな…と考えるともう仕方ないと思えてくる。
『ここで少しだけ待っててもらってもいいですか?』
「ん?ああ」
自分の家なのでそもそも扉が全開。若干手遅れかもしれないけど、一応部屋が最低限見せられる程度になっているかどうかだけチェックする。
床に仮置きしてたものはなるべく仕舞って、机に出しっぱなしだったペンやノートを片付けて。鬼滅の単行本は本棚の奥側になるように本の順番を入れ替えた。
『あの…煉獄さんのグッズが飾ってあるので、引いたらほんとにごめんなさい……』
「ぐっず?よく分からないが大丈夫だ!」
部屋の前で大人しく待っていた彼に声を掛ける。単行本は隠せたけど、棚に飾ってあるフィギュアやアクスタをすぐに隠すのは無理だった。自分のグッズを本人が見たらどう思うのか分からないが、突然見せるよりはマシかと思い先に謝っておく。
どうかドン引きだけはされませんようにと願いながら、「どうぞ」と言って彼を招き入れた。
「おお…」
『大したものは置いてないですけど…』
眠くなったらベッド貸し出すので、と寝る場所の説明をしたが煉獄さんの視線はフィギュアの方に向いていた。
そうだよね、気になるよね。自分を模した人形が飾られてるんだもんね。どうか悪いイメージだけはつきませんようにと心の中でもう一度願う。
「君は本当に俺が好きなんだな…」
『はい……』
「自分が置き物になっているのは不思議な気分だが、素直に嬉しく思う」
「ありがとう」と振り向いて微笑んでくれた煉獄さんに息が詰まる。
実物、美しすぎる。直視できなくてパッと視線を逸らした。
『こ、これで全部です。煉獄さんのお家みたいに広くはないですが、適当にゆっくりして頂ければ……』
「ありがとう。ところで、俺にそんなに気を遣わなくていいぞ?
君は俺の部下でも後輩でもないからな。同い年くらいだろうか?」
『煉獄さんが二十歳ならよっつほど上です…』
「よっ……!?すまない、むしろ俺が敬わなくてはいけなかった!」
『あ、それは大丈夫です。煉獄さんに敬語使われると寂しいので、できればそのままでお願いします』
「じゃあ君も楽にしてくれ。出会ったからには、俺も君と仲良くなりたい」
『…! あ…はい、じゃなくて、……うん、わかった』
話し方を崩して頷くと、煉獄さんは満足したようににこにこしてくれた。ああ可愛い、困る。写真撮って待ち受けにしたい。
思わずスマホに手を伸ばしてしまうがぐっと堪える。多分だけど、煉獄さんがここにいるという決定的な証拠は残さない方がいい。写真は誤魔化しがきかないから一番まずいやつだ。死ぬほど欲しいけど煉獄さんのために我慢しよう。
一通り案内が終わったし、もう一度改めてゆっくり今後のことを話そうか。
二人でリビングに戻りながら、既読無視していた上司からのメッセージに返事を打ち込んだ。
今日は休みます
(…え!?もうこんな時間!?お昼お弁当でいい?買ってくる!)
(何でも構わない、御馳走になってすまないな。行ってらっしゃい)
(煉獄さんに見送りしてもらえる世界線……!!!)
END.
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