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「来週君と遊びに出掛けるまで、俺を“時間切れ”以外で帰さないで欲しい!!」


『……、えっ』


「俺のお願いだ。聞いてくれるか?」




そう言って微笑めば、目の前で明華が固まる。


君がめっぽう俺に弱いことは知っている。俺を好きで俺の力になってくれようとしてるのも分かっている。
だからそれをあえて逆手に取らせてもらった。俺の頼みならきっと君は無下にはしない。

明華はしばらく面を食らったような顔をした後、不満そうな顔をして持っていたスマホを布団に置いた。




『ずるい…わたしが断れないの知ってて……』


「ふふ、君の弱点は俺だな」




溜息を吐きながら明華が横に倒れる。
困らせたことに変わりはないので完全解決にはならないが、ひとまずは思った通りになった。これで来週開き直って遊びに行ってくれるといいが。もう二度とない機会だと思うし。

寝転がった彼女にそろそろ寝るかと声を掛けようとしたが、ふとこの前聞き損ねていた質問を思い出したのでついでに聞いてみることにした。




「ところで、君はどうして本の登場人物である俺のことをそんなに好きなんだ?」


『え?ああ……』




転がったまま視線だけをこちらに貰う。
正確には「どうして架空の人物である煉獄杏寿郎のことをそんなに好いているのか」か。一口に“好き”とは言うけれど、彼女のそれはあまり軽い気持ちには思えないから。
好きで応援していると言っても“推し”というのはここまで尽力してもらえるものなのだろうか。出会ったのも喋ったのも今回が初めてなのに。
本の中の人間であることにも何か理由があるのだろうか。


少し考える素振りを見せた後、明華がぽつぽつと話し始める。




『わたし、小さい頃に背の高い男の子にいじめられたことがあって……それ以来、男の人が苦手になっちゃって。
でも本の中の人なら絶対に嫌なことはしてこないでしょ。…作り話だから、かっこいい人が多いし』




空想世界なら何でも思い通りだからね、と明華が笑う。

返答は少し予想外のものだった。彼女の俺への好意が憧れや羨ましさからきたものではないことを知る。
てっきり、本の中の世界に行ってみたいのかと。俺の世界が描かれている本で気に入った人間がたまたま“煉獄杏寿郎”だったのかと思っていた。
…いじめられていたのか。俺が傍に居たなら、そんな奴追っ払ってやったのに。嫌なことを思い出させてしまったな。
そう思うと同時に、今自分が“本の中の人”ではなくなっている事実に気が付く。




「俺は傍に居ても大丈夫なのか?」


『うん、大丈夫……杏寿郎のことは好きだから』




にこりと明華が微笑む。むしろ安心するの、と彼女は続けた。
ここに居る以上、俺は明華の苦手とする部類の人間に当てはまってしまいそうだが。…大丈夫なのか。
何度か言われた飾らない言葉にまた少し頬が熱くなった。




「あんまり男にそういうことは言うなと忠告したはずだが……しかも寝床で」


『…杏寿郎もそういうこと考えるんだねえ』


「どういう意味だ…」


『ふふ、わたしの勝手な印象』




くすくすと寝転がったまま笑う明華。…呑気なものだな。
あまりにも全面的に信頼されているとそれはそれで心配になる。女の子なんだから、もっと警戒心を持っておいた方が身のためと思うが。




『明日はー…どっか行こうとしてたけど、買い出しだけでいいかあ』


「ああ、ゆっくりしよう。来週のために体調は整えておくべきだ」


『杏寿郎がそう言うなら…』




続きは来週考えるね、と言って明華が起き上がる。枕のある方へ改めて寝転がった。
俺はそれよりも奥側に移動して同じように寝転がる。明華が手を伸ばして「消すよ」と言ったので「うん」と返すとすぐに部屋が暗くなった。




「おやすみ、明華」




細い身体を抱き寄せる。「おやすみ」と小さく返事が来た。

できればこのまま、俺は帰るまで“特別”であり続けよう。突然別れることになったとしても仲が良いまま別れたい。
たとえ偶然の出会いだったとしても、どうせなら良い思い出にしてあげたい。君が“俺”のことをこんなにも好いてくれているなら。


安心すると言ってくれたその子の身体に、そっと自分の身を寄せた。






クベツ


(…俺も、君の隣は安心する)




END.







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